多くの孤児を救ったシヌタイ・サプカルさん(スクリーンショット)

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 著しい経済成長を遂げる一方、深刻な社会問題を抱えるインド。特に、地方における女性蔑視は健在で、レイプや児童婚が後を絶たない。教育を受けていない女性が夫から放り出されれば、生きる道は物乞いだけ。想像を絶する厳しい環境に置かれながら、1400人のストリート・チルドレンを育てた女性がいる。

 過酷な人生

 今年69歳になるシヌタイ・サプカルさん(Sindhutai Sapkal)は、インドのマハーラーシュトラ州、ワルダー県の小さな村に生まれた。望まれた子ではなかったため、母親からは「Chindhi」(ぼろ布)というあだ名を付けられた。

 彼女が学校に通ったのは、小学校の4年生まで。教育熱心だった父親の勧めで通学していたが、結婚する年齢になった時に止めざるを得なかった。当時10歳。結婚した夫は30歳で、暴力的だった。

 サプカルさんが20歳の時、夫は妊娠9か月の彼女に暴力を振るい、彼女は家から追い出された。その日、牛小屋で出産した彼女は自分でへその緒を切り、赤ちゃんを抱いて数キロ先にある実家まで歩き、助けを求めた。しかし、母親からは拒否された。自殺を考えたが、赤ちゃんのために生きるしかなかった。

 駅のプラットフォームで物乞い

 赤ん坊を養うために、サプカルさんは駅のプラットフォームで物乞いを始めた。そこには、彼女と同じように親に捨てられた大勢の子供たちがいた。不憫に思った彼女は、子供たちを養うことを決心し、より一層、物乞いに力を入れた。出会ったすべての孤児たちを養子に迎え、彼らに食事を与えるために。

 それから数十年、サプカルさんが養った子供の数は、1400人を超える。彼らの教育や結婚なども支援してきた彼女は、皆から親しみを込めて「mai」(お母さん)と呼ばれる。現在、彼女には207人の息子と36人の娘、さらに1000人を超える孫たちがいる。養子の中には、弁護士や医者、エンジニアになった人たちもいる。

孤児たちとシヌタイ・サプカルさん(スクリーンショット)

 しかし、サプカルさんの生活が楽になったわけではない。誰からも支援を受けず、各地で講演活動を続けながら子供たちを養っている。

 「神の恵みにより、私にはコミュニケーション能力があります。いろいろな場所へ出かけて、人々に話せば彼らに影響を与えることができます。空腹が私をしゃべらせ、それが私の収入源となり、子供たちを養うことができるのです」

 夫を許す

 長い時を経て、暴力的だった夫が彼女のもとに帰ってきた。昔のひどい仕打ちを心から詫びる夫を、彼女は許すことにした。すでに大勢の孤児の母親だった彼女は、夫を一番年上の息子として迎えることにした。この時、夫は80歳になっていた。

 どんなに悲惨な状況でも、人を思いやる気持ちを捨てなかったサプカルさん。これまでに500以上の賞を受賞しているが、受け取った資金は孤児たちが住む家の建築費にあてられる。

 「私には誰もおらず、皆が私を捨てました。一人ぼっちで、誰からも必要とされないことの辛さを、よく分かっています。だから、他の人には同じ思いをさせたくないのです」

 彼女の不屈の精神と高大な慈悲心は、多くの人々に勇気を与え続けている。

(翻訳編集・郭丹丹)