「Thinkstock」より

写真拡大

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の投稿などを発端に、インターネット上で続発する炎上トラブル。「いつ」「誰が」炎上するかわからない状況は、企業にとっては大きなリスクだ。

 今年3月には、損害保険会社大手の損保ジャパン日本興亜が日本初の企業向け「ネット炎上対応費用保険」(以下、ネット炎上保険)を発売して話題となった。ネット炎上は、もはや保険商品が発売されるほどのリスクとなっているのである。

 実際のところ、ネット炎上は企業にどのような影響を与えるのか。『ネット炎上の研究』(勁草書房)の共著者で、ネット炎上についてさまざまな実証実験を行っている、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏は、「ネット炎上に対して敏感になっている企業は少なくありません」と語る。

●「ネット炎上保険」は炎上被害の補償ではない

 まず、損保ジャパン日本興亜の「ネット炎上保険」について紹介しておこう。

 この保険は、「企業に関するネガティブな情報がSNS等で拡散または拡散するおそれが発生した場合に、企業が支出する炎上の拡散防止やメディア対応に要する費用を補償」するもので、支払限度額は1000万円。年間保険料は50〜60万円前後とされている(2017年3月10日現在)。

 つまり、この保険は「炎上によって受けた損害への補償ではない」(山口氏)ということだ。

「支払い額や保険料については企業側の裁量なのでなんともいえませんが、この保険は、原因調査費用や炎上対応時のコンサルティング費用、拡散防止にかかる費用やメディア対応にかかった費用などを補償するものです。

 たとえば、ネット炎上後に株価が下がったとしても、その損害を補償する内容ではありません。『保険』と銘打たれてはいますが、ネット炎上対応補償を含んだ“サービス”と捉えたほうがいいと思います」(同)

 保険には「損害額を補償する」というイメージが強いが、ネット炎上の場合はそうした対応が難しい理由があるという。

「まず炎上の定義が不透明で、現状では炎上のリスクを確率として出すことも困難です。仮にネット炎上の前後に株価が下落したとしても、『そのうち何%が炎上によるものなのか』という被害額の特定が非常に難しい。炎上によって受けた被害額をそのまま補償する、というサービスは今後も販売が難しいのではないでしょうか」(同)

●企業はなぜネットよりもテレビ・新聞を重視?

 しかしながら、ネット炎上に適切に対応しなかったことが株価に影響した事例が存在するのも事実。「ネット炎上保険」が発売された背景には、そうした事情がある。

「確かに、東日本大震災を機にツイッターが爆発的に普及して以降、ネット炎上の件数が年々増えています。ディー・エヌ・エーの情報サイト『WELQ』のような大規模なものから、蕎麦店のアルバイトが洗浄機に入っている画像をアップして炎上したり、なかには客がコンビニのアイスケースに入ってその姿をツイッターに投稿したりしたケースもありました。

 このコンビニの炎上事件では、被害に遭った店舗が営業を停止しています。こういう実例があるため、企業側がネット炎上に対して『漠然とした不安』を抱えているのは事実です」(同)

 問題は、ツイッターなどSNSに対する企業側の理解の浅さだ。山口氏によれば、企業はいつ起こるか予測できないネット炎上に対して敏感になってはいるものの、現状ではSNSに対する理解が追いついていないという。

「企業で講演を行っても、ネットメディアそのものへの理解が進んでいないと感じることが多いです。普段ネットにあまり触れていない人がネット担当の広報を務めていたり、炎上が起きたときのマニュアルがなかったり、ということが少なからずあります」(同)

 企業側がネット炎上に「漠然とした不安」を抱えているのは、SNSやネットメディアを十分に理解できていないからだろう。ただし、企業がSNSやネットメディアよりもテレビや新聞をはじめとする旧来型のメディアを気にするのには、それなりの理由もあるという。

「実は、『インターネット上の企業の特性と株価』という論文で、『企業のネット炎上事件は、マスメディアが取り上げたときに株価が下がる』ということが実証研究によって示されています。炎上はネットで起きる現象ですが、株価にも影響を及ぼすのはテレビや新聞が取り上げたときだというのです。まとめサイトなどPV(ページビュー)数の多いネットメディアも株価に影響を与えることが最近の研究で示されましたが、“拡声器”の役割を果たすのは依然マスメディアだといえるでしょう」(同)

●PCデポ事件で明らかになった、ネット炎上の利点

 一方、消費者の立場とすれば、ネット炎上は決して悪い面だけではないという。その代表的な事例が、昨年起きた、家電量販店「PC DEPOT」(以下、PCデポ)の炎上騒動である。

 1人のツイッターユーザーが、PCデポが認知症の高齢者にパソコンのサポートサービスを大量に契約させ、家族が解約を申し出たら高額な解約料を払わされたことを投稿。その結果、ネットで炎上し、さまざまなメディアに取り上げられたことでPCデポの株価が下落した。

「PCデポの一件は、本人が同意して契約を結び、解約についても契約書に記載があるため、『相手が認知症とは知りませんでした』と言えば必ずしも悪にはならない、というロジックによって引き起こされたものです。ネットやSNSがない時代は、こういうケースでは被害者は泣き寝入りするケースが多かったのではないでしょうか。

 しかし、PCデポの一件では、被害者が証拠の写真つきでネット上で全世界に発信したことにより、企業の悪い部分を是正することができたわけです。ネット炎上には、『強者である企業』に『弱者である消費者』が声を上げやすくなった、というプラス面もあるのです」(同)

 もちろん、これは逆に言うと“強者”だったはずの企業の悪い面がネット炎上によって注目されやすくなったということでもある。企業は、「ネット炎上保険」に加入するのもけっこうだが、その前にSNSや炎上リスクについて勉強し、「漠然とした不安」を解消することから始めたほうがよさそうだ。
(文=真島加代/清談社)