「美」という字は、魔法の字。名前に付くだけで、何だか美しく感じてしまいます。「眠れる森の美女」や「白雪姫」のような童話に出てくる魔女は、ある程度年齢を重ねたカリスマ的存在。そうなると、世間で言われている「美魔女」という表現は「美しくてカリスマ性もある、まあ、そんなに若いってわけじゃないけどさ」的なポジションなのでしょう。彼女たちは99%の確率で、ロングヘアーの巻き髪。スポーティーというより、マダム感全開で確かにおキレイです。

ブームを作った「パイオニア」の行動力

 しかし、彼女たちがどこまで自然に美を追求しているかは今でも謎であり、これがまた「魔女感」を醸し出すことにひと役買っているのです。このご時世、体にメスを入れるアンチエイジングは下火になっていますが、ヒアルロン酸やボトックスといった、時間がたてば皮膚に吸収されるような医療は、かなりカジュアルな存在になっています。

 まあ、手術みたいに「一生もの」ではないので万が一、失敗した場合でも、何とかなることも多いのですが、ヒアルロン酸で鼻を高くしても、やり過ぎはやはり変。ボトックスは量を加減しないと、シワがなくなってもまぶたが落ちてきたりして、結構大変なのです。プラセンタには感染症のリスクもありますしね。

 今の若い草食・絶食世代にしてみたら、アラフォー美魔女はまぶしくて目がくらむぐらい輝いています。彼女たちはいわゆる「アムラー世代」で、ルーズソックスや厚底ブーツをはやらせ、プリクラ機を日本中に並ばせた「パイオニア」。そんな彼女たちですから、その行動力たるや舌を巻くものがあります。

 でも正直なところ、これでもかと目を見開いて、画像加工を重ねた彼女たちの写真を見た後、本物を目にすると「びっくり!」な時も。誰とは言いません、いや、言えませんが、実物とあまり“差”を付けないほうがよいのではないでしょうか。

どんな「干物女」も救う女性ホルモン

 こんなことを書いている私だって一応女性ですし、エイジングに抗うべく、保水と保湿を心がけています。自分に合った基礎化粧品を使って、「1000本ノックならぬ、化粧水100回パッティング」に励む毎日。ちなみに私は超が付くほどの乾燥肌ですが、しっとりすぎる感触が嫌いなので、某化粧品メーカーの、比較的さっぱりして保水力のある、ほんのりお花が香る化粧水と、皮膚科から処方されている保湿力抜群のソフト軟こうを使っています。軟こうは赤ちゃんの乾燥肌やアトピー性皮膚炎の人にも使えて、冬にはハンドクリーム代わりにもなる万能品。しかも安いです。

 とはいっても、皮膚科から出されているものがベストというわけではありません。「病院で使われているこの化粧水、すごい保湿力があるけど、ベタベタして感触が嫌い」という場合は、それ以上に合う市販の化粧水があるはずです。超敏感肌やアトピー性皮膚炎で、市販の製品が合わない場合は、皮膚科で扱っている低刺激のものがおすすめですが、そうでなければ、お気に入りのものを使うほうがずっとよいでしょう。香りや感触が気持ちよいと癒やされますし、面倒くさい人も少しはやる気が出てくるのではないでしょうか。こんな時、きっと女性ホルモンは出血大サービス状態に違いありません。

 やっぱり、どんな「干物女」も救ってくれる女性ホルモンって、とても大事です。恋してキレイになるのは、医学的にも実証されていること。いかにも充実していそうな美魔女のプライベートを眺めてみると、この「エビデンス」にも信頼性が出ますよね。

「内面さえよければいい」は単なる甘え

 結局のところ、本来の「美」とは何なのでしょうか。シワを取り、シミを消して、とにかくリフトアップというのは、何だかセンスがない感じです。顔だけ若くても、体は脂肪でダルダルだと、さすがに違和感がありますし、アンチエイジングは体のシルエットや内臓が元気でこそ、なのです。

 本当の「美」を考えること、小一時間。「内面が輝いている」「ムダがない」「笑顔が素敵」など、耳にタコができるくらい聞いてきた言葉が頭の中を駆け巡る中、副都心線から千代田線に乗り換える時にやっと思いついたのです。それは…

「心ときめく安心感」

 曲がりなりにも「美」をうたっているわけですから、「内面さえよければいい」なんていうのは、甘えです。目を奪われる「美」というのは、外見から来ているわけです。かといって、「外見が100点満点で、1ミリのズレすらない」というものに、人間は本能的に引かれません。シワやシミ一つない、お人形のようなシンメトリーなお顔立ちとスタイルに興味はあれど、そこに温もりはありません。美しさも安心感があるから、素直に憧れるというもの。花にしろ、靴にしろ、美しいものに心奪われている瞬間というのは、ドキドキ興奮している一方で、癒されている感覚があるのです。

庶民的な「美の塊」ダイアナを見習え

「心ときめく安心感」の代表は、故ダイアナ元妃ではないでしょうか。ショートカットなのにティアラとドレスが似合い、外見は説明する必要もないくらいの「美の塊」でしたが、彼女がモノ言わぬ、ニコニコしているだけのプリンセスだったら、そこまで記憶に残ることはなかったでしょう。彼女の表情には、カッコつけない喜怒哀楽がありました。

 ダイアナ元妃は生まれこそ貴族でしたが、実家の家庭事情はやや複雑で勉強はちょっと苦手。保母さんの経験もあったりして、プリンセスのいすにすんなり座ったわけではありません。そして何より、ファストフードや遊園地といった、ロイヤルファミリーには無縁と思われるような場所に平気で行ったりする一面に、私たちは親近感を覚えたのです。

 それに加えて、エイズ患者の入院する病院やホームレスの保護施設を訪問したりと、それまでの英王室にはありえないことだらけで、王室と庶民との壁を確実に埋めました。彼女の行動には「庶民と同じ価値観を持っていたい」という気持ちがありましたし、その心に私たちというか、私は安心したのです。残念ながら、彼女を見続けることはできませんでしたが、日本の美魔女には、こうした安心感のある「美」をどんどん追求してもらいたいのです。

 これからは「強さ」や「行動力」が、美しさに磨きをかけるキーワードになるでしょう。ダイアナ元妃はとても強い人でした。そうでなければ、王室から離れて地雷除去の問題に取り組み、新しい恋に飛び込むことなんてまず無理です。

 私は日本の美魔女の「強さ」や「行動力」に期待しています。そして、私やさらに下の世代の女性たちに、パワーと勇気を与えてください。彼女たちこそ、私たちが目指す「希望の道標」なのですから。

(医師・健康エッセイスト 藤野みゆき)