愛煙・分煙の知られざる経営学

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ヘビースモーカーの友人が、思わせぶりに上着の内ポケットを弄った。携帯電話とほぼ同じサイズの容器を取り出す。中には短い万年筆ほどのスティックが格納されている。スティックには小さな緑色のランプが点灯している。

右端の開口部に白色の短い棒を差し込む。スイッチらしきものを押して数秒待つと、おもむろに棒を咥くわえた。
 
わずかに白い煙を出すが、臭いはほとんどない。急速に普及している「加熱式タバコ」である。ライター不要で、出るのも紫煙ではない。水蒸気だけなのだ。

「愛煙家は肩身の狭い思いをしてきたが、お蔭で助かるよ。普通のタバコみたいに周囲にタールをまき散らすことも、臭いを嫌がられることもないからな」。

友人の加熱式は海外メーカーの商品だが、後日、私は日本たばこ(JT)のブランドも手に入れた。使い勝手はよい。「加熱式のシェアは、首都圏で1割に迫っているらしい。俺は家用、職場用、外出用と3器買ってしまったよ」。
 
世界的な禁煙運動を目の当たりにして、タバコ会社は市場の生き残りをかけた受動喫煙被害極小の製品開発に注力した。その成果であろう。
 
友人の愛用する加熱式の場合は、10年の年月と2000億円の資金を投入したといわれている。興味深いのは、300人以上の医療と機械の専門技術者たちが、横断的かつグローバルな研究開発にあたったこと、部品の製造とサプライチェーンが世界中に展開していること、である。加熱するブレードのヒーターやセンサー、制御ICはヨーロッパ各国のベンチャー企業と研究機関が担当し、バッテリーは日本企業と韓国企業が分担している。
 
新製品で精密機械ゆえに、時々故障が発生しているが、「日本製の部品を使用しているものは故障が少ない」とJapanクオリティの面目躍如たるエピソードもある。

日本の嫌煙ムードは東京オリンピック・パラリンピックを前に、いや増すばかりだ。厚生労働省は飲食店などの分煙徹底法案を策定し、「世界に恥じない」禁煙大国を実現しようとしている。すでにオフィスビルでもホテルでも、薄暗いウサギ小屋のような喫煙室でしかタバコは吸えない。喫煙者が支払うたばこ税は年間約2兆円、豪奢なホテルが何百棟も建つ金額なのに。

喫煙者からは「一箱440円のうち245円が税金だ。これだけ払いながら吸える場所はほとんどない。都心はビル内も路上も禁煙だぜ。海外では路上はOKのはず。禁制品でもないのに、こりゃ喫煙者への虐待、差別じゃないの」と怨嗟の声が上がる。小規模飲食店は分煙設備を義務付けられると資金負担が重く、廃業せざるをえない店も少なくないようだ。

重要な税源物資なので、財務省のたばこ事業等分科会でも議論が行われるが、委員の圧倒的多数が禁煙派である。あるとき、ヒアリングで、タバコ事業者の参考人から「タバコがにおうというが、自分には女性の香水のほうが臭い」と不規則発言まで飛び出した。よほど追いつめられていたのだろうか。

問題の核心は受動喫煙被害を防止できるかどうか、だと思う。喫煙については、世間の多数説を無視するかどうか、いわば自己責任の世界。受動喫煙となるとそうはいかない。自ら望まず健康被害があると喧伝され、しかも嫌な臭いと煙を吸わされる身にはたまったものではない。

したがって、世の大勢と折り合いつつ平和裏に喫煙を続けるためには、他人様に煙害を与えないことが決め手ではないか。

加熱式タバコはその答えのひとつだろう。嫌煙家の中には、この方式でも受動喫煙の被害はあると主張する向きもある。正確に医学上どうなのかは判断できないが、素人目ながら煙の性質や量、香りは明らかに従来品より格段に少ない。

注目したい点は、長年の努力と巨額の投資でここまでの製品をつくり上げてきたことである。開発者たちの主張する好データについて、先入観のない検証・評価が必要だと思う。開発プロセスでは、目に見えない技術革新とベンチャービジネスへの波及も数多く生まれたはずだ。高額のたばこ税率も従来品と同様に課せられる。

知恵を絞って難点を減らしつつ、産業創出や財政支援に寄与する開発行為に対して、二項選択的に「ダメなものはダメ」というスタンスはいかがなものか。

こんな私の所感に友人がポツリ。

「でもタバコはモクとも言うよな。煙の出ないモクってありなのかなあ」。