アイススレッジスピードレース、車いす陸上競技で冬夏合わせて7大会連続のパラリンピアン、土田和歌子(八千代工業)が新たにトライアスロン(※)にも挑戦した。競技歴3カ月ながら、5月13日に行なわれた「世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会」の女子PTHCクラス(車いす)を1時間15分11秒で制し、表彰台の頂点に上がった。
※パラトライアスロンはスイム0.75km、バイク20.0km、ラン5.0kmで行なわれる。


1位でゴールし、笑顔でガッツポーズの土田和歌子選手「1位は嬉しいです。アスリートとして、ずっと目指してきているものだから」

 満面の笑みで喜びを語った土田。高校2年のとき交通事故で車いす生活になって以来、パラアスリートとして20年以上にわたり、世界の舞台で戦ってきた。アイススレッジスピードレースでは1998年長野冬季パラリンピックで金と銀のメダルを2個ずつ獲得。陸上競技に転向後は、2004年アテネ大会5000mでの金を含む計3個のメダルを手にしている。近年はマラソンに重点をおいて、国際大会を数多く制し、T54クラスの世界最高記録(1時間38分7秒)保持者でもある。

 この日、スタートラインで感じた怖さと楽しさが入り混じった心境は初マラソンに挑んだときに似ていたそうで、トライアスロンという新たな舞台での快走に、「たまらないですね!」と声を弾ませた。

 とはいえ、トライアスロン挑戦は偶然からだったという。昨年11月、激しい運動で発作が起こる運動誘発喘息を突如として発症。治療のために今年に入ってから水泳を始めると、根っからのアスリートは、「せっかくやるなら、スキルも磨きたい」とスイムスクールに通いだす。

 ほぼ同時期に、マラソンの強化を目的にハンドサイクルも始めた。手でペダルを漕ぐ自転車で、パラトライアスロンでは車いすクラスのバイクパートで使われている。土田によれば、パラリンピックの翌年はいつも、クロストレーニングを重視しているといい、これまでボクササイズやボルダリングに挑戦したこともあったという。リオ後に取り組んだのが、海外のライバルたちも取り入れているハンドサイクルだった。

 専門の車いすマラソンに加え、スイム、バイクと揃ったことで、自然にトライアスロンへとつながった。本格的に練習を始めたのは2月だったが、4月末にはフィリピンのスービックベイで開催された「ASTCパラトライアスロンアジア選手権」で実戦デビュー。完泳、完走で自信を得た。

 プールとは異なる海(オープンウォーター)での泳ぎに課題を感じたスイムは、ナショナルチームの強化スタッフの指導のもと国内の海で練習するなど、短い期間のなか、できうる準備を積んだ。そうして臨んだ横浜大会には土田を含め5選手がエントリー。レース前は、「(4月の)アジア選手権の出場は私1人だったので、今回は他選手の胸を借りながら、今の自分の力を確認したい」と話していたが、課題にしていたスイムは5選手中4位とはいえ、想定以上のタイムで完泳しポテンシャルの高さを示した。

 陸に上がれば、「気持ちは楽」。バイクもランも最速タイムで他を圧倒し、最後は2位に1分以上の差をつけ、ガッツポーズでフィニッシュラインに飛び込んだ。「スタート前は不安だったけれど、もう少し泳力がつけば(今後も)チャレンジできるかな」と手応えを口にした。

 日本トライアスロン連合パラリンピック対策チームの富川理充(まさみつ)リーダーは、「スイムをあがった時点で、いけると思った。世界経験豊富な土田選手の競技姿勢や意識は他選手にもいい刺激になっている」と、土田のトライアスロン挑戦を歓迎する。

 だが、土田には「マラソンでのパラリンピック金メダル」への強い思いもある。シドニーで銅、アテネで銀、北京は5000mで他選手の転倒に巻き込まれて負傷し、マラソンはスタートラインにつけなかった。ロンドンでは力強くスタートを切るも、カーブで転倒し5位に終わる。「完全燃焼」を期した昨年のリオは激しいデッドヒートの末、金メダルまでわずか1秒差の4位。「力は出し切れた」と前を向いたが、悔しさははかり知れない。

 アスリートとして世界の厳しさも知るからこそ、今後のトライアスロン挑戦については、「マラソンとは別の競技。強化方法も違う。当初の目的はクロストレーニングなので、まずはその成果を秋のマラソンレースで見たい」と慎重な姿勢を崩さない。

 一方で、旺盛なチャレンジスピリットが掻き立てられたのはたしかだ。「魅力のある競技だなと思った。これからも世界で戦っていきたいし、まだ挑戦できる舞台があるのかなと思えた」

 前だけを見つめる大きな瞳に、どんな未来が映るのか。土田のアスリート人生に、また選択肢が増えた。

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