HCアセットマネジメント社長 森本紀行氏

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■意思決定には死の覚悟が必要

文学部出身の経営者は珍しい。その中でも少数派の哲学科出身となれば、極めて稀有な存在となる。

貴重な哲学科出身の経営トップだからこそ、多くの経営者とは一味違ったものの見方や思考法を持っているのではないか。彼らはどんな本を読み、厳しい局面での支えとしているのだろうか。

そんな疑問から、プレジデント編集部では哲学科出身の経営トップを調査し、座右の書とその理由を尋ねた。

■結果を見ると一つの傾向がある。

『武士道』や『学問のすすめ』など、日本人の著者による本が多く挙がっている。なぜ彼らは日本の思想に魅かれるのか。

資産運用コンサルティングを行うHCアセットマネジメント社長の森本紀行氏は、経営者の重要テーマである意思決定において、『武士道』(相良亨・著)が大きなヒントを与えてくれると説明する。この本は武士の死に対する姿勢や死の覚悟、死のいさぎよさから日本人の死生観を明らかにしている。

例えば、会社ではこんなシーンをよく見かけないだろうか。商品の売り上げ状況を受けて、「何がよかったのか、悪かったのか」を議論し総括する。でも、それらすべてを盛り込んだ商品を出したところで、必ず売れるわけではない。

「すべて後講釈であり、そんな議論は時間の無駄。なのに、みんなが妙に納得してしまうから始末が悪い。『たら』『れば』の議論や後講釈の無意味さに気づけば、意思決定をする際に縛られるものがなくなります。選択の幅が広がるわけです。意思決定は、不確実な未来に対する“賭け”。だからこそ、“死の覚悟”が必要なのです」

同じ『武士道』でも新渡戸稲造による書を挙げたのは、南海放送会長の河田正道氏だ。「グローバルな今の時代にも十分通用し、参考になる日本論である」と理由を述べる。

「武士道は、日本を表徴する桜の花と同じように、わが国土の固有の花である」との趣旨で、日本人の道徳観の支柱である「武士道」を神道、仏教、儒教の中に探りつつ、キリスト教、騎士道、西洋哲学と対比した、日本の精神文化を知るための好著だ。

世界をまたいでビジネスを展開する時代だからこそ、武士の基本的な考えというものが、現在の日本の経営の根底にどう通じているのかを考えながら読むという手もあるだろう。

ビジネスマンにとって、哲学書は難解なイメージがあり、とっつきにくいもの。読むことでなにか恩恵はあるのだろうか。前出の森本氏は、経営者として必要な2つの力が身についたという。

「最大の恩恵は、視野の相対化。さまざまなものの見方を教えてもらえます。また、読後に詳細な内容は忘れても、深い記憶構造の中に、ある種の論理をもってしみ込んでいるので、無意識のうちにそれが想起されるようになります。結果として、圧倒的な直観力が養われるのです」

彼らの言葉を胸に、ぜひ経営者になったつもりでこれらの本へチャレンジしてみてほしい。きっと学びがあるだろう。

■哲学科出身・経営トップ7人の「座右の書」

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生きるも死ぬも、“今”の決定にかかわっている
東京大学文学部哲学科卒
HCアセットマネジメント社長 森本紀行

『武士道』相良 亨(著) 講談社学術文庫

かつて読んだ多くの哲学書が忘却の彼方に消え去っても、この本だけは鮮明に覚えていて、強い影響を受けた。武士の死に対する姿勢や死の覚悟、武士に死のいさぎよさが求められた背景も見えてくる一冊だ。
生きるも死ぬも、“今”というその瞬間の決定にかかわっている――、まさに経営そのものであり、人生そのものだ。
死の覚悟を持った武士は、威厳があるから周囲は軽率なことを言えない。誰も侮辱しなくなる。誰も侵すことができない。だから長生きする。死の覚悟が生命を活性化させるのだ。「武士」を「企業」に置き換えて考えることもできるはず。
誤解を恐れずに言えば、新渡戸稲造の『武士道』では、著者自身の道徳思想を説いているのに対し、本書では客観性・実証性にまで踏み込んでいる点に大きな違いがある。日本思想史研究の名作だ。

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日本の将来を切り開くためには
静岡大学人文学部哲学科卒
秀英予備校社長 渡辺 武

『学問のすすめ』福澤諭吉(著) ちくま新書

この書物が書かれた19世紀後半、政府は「富国強兵」「殖産興業」政策を官(国家)主導で強力に推し進めることで一刻も早く欧米の列強に肩を並べることを目指していた。福澤諭吉は、欧米に3度の渡航をした経験から、近代的知識を十分に備えた人民の力の強化が官の「富国強兵」「殖産興業」の土台だと考えた。人民の気力、気力の源泉としての欧米の実学の普及こそが、日本の独立の維持、日本の国力の増大にとって最重要と考え、設立したのが猝.による慶應義塾だ。諭吉は日本の青少年に対して、社会全体のためになる、日本の将来を切り開く学問をすすめていたのだ。

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大切なのは自分の道を見つけて極めること
京都大学文学部哲学科卒
ワオ・コーポレーション社長 西澤昭男

『存在と無』ジャン=ポール・サルトル(著) ちくま学芸文庫

座右の銘「自燈明」に関係する。自燈明とは釈迦が死の床にあって愛弟子に残した最後の教えである。「これからは私(釈迦)に頼らず自分自身を拠り所(燈明)にして生きなさい」というほどの意味だろうか。私自身は「未来にむかって燈明をかざし自分の道を見つけて極めていきなさい」と解釈した。実存主義は学生時代にずいぶん学んだので、その思想が影響したのだろう。この書は、自分の考えの根底に影響を与えている一冊である。サルトルは、人間は未知なる未来にむかって投企をし続ける存在であるという。70歳も半ば、選んだ道の先に思いを寄せて今後もチャレンジしていきたい。

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殺されても肌につけておきたいもの
東京大学文学部哲学科卒
読売新聞グループ本社主筆 渡辺恒雄

『実践理性批判』カント(著) 岩波文庫

終戦直前、二等兵になった渡辺氏。「日本が負ければ何年間か連合軍の収容所に入れられるだろう。読む本がなければ耐えられそうもない」(※1)と考え、持ち物の中に忍ばせたのが、カントが著した哲学書だ。1788年に出版されたこの書は、カントのいわゆる三批判書(『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』)の一つで、第二批判とも呼ばれる。「この本はぼくにとって宗教みたいなもの。殺されても肌につけておきたいものなんだ」(※2)。

※1「日本経済新聞」2006年12月5日「私の履歴書」
※2「AERA」2006年5月15日 P40

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グローバルな今の時代にも通用する日本論
早稲田大学第一文学部哲学科卒
南海放送会長 河田正道

『武士道』新渡戸稲造(著) 岩波文庫

ローカル民放に就職し、警察担当の報道記者としてスタートをきった。その時代に出合ったのが、正木ひろし弁護士の個人雑誌「近きより」である。正木弁護士は終戦後、「八海事件」などを冤罪事件として無罪に導いたことで知られていた。この雑誌のタイトルは、イギリスの歴史学者トマス・カーライルの言葉からとっている。カーライルは、明治維新後の日本の知識人に大きな影響を与えた。新渡戸稲造もその一人である。『武士道』は、「武士道が日本人の精神的な土台となっている」と、世界にむけて発したメッセージである。グローバルな今の時代にも十分通用し、参考になる日本論である。

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「日本的経営」のルーツに迫る
東京教育大学(現筑波大学)文学部哲学科卒
アイウィル主宰 染谷和巳

『勤勉の哲学』山本七平(著) 祥伝社

世界が羨む現在の繁栄は、ほかの国にはない「日本的経営」という特性のおかげである。この特性は江戸時代中期の一人の思想家が生み出しつくり上げた。呉服屋の番頭上がりの石田梅岩は自宅で私塾を開き、訪れる商人に教え『倹約斉家論』を著した。その教えは「石門心学」として弟子の手で全国に広がり、市民思想の本流になった。明治以降の経済界の指導者、渋沢栄一、松下幸之助、出光佐三などは皆、石門心学の徒であった。山本七平は梅岩の贅沢と浪費を戒め、勤勉と倹約をすすめる思想が日本人の労働観となり経済発展の礎になっていると指摘している。何度も読み直している。

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非常識なまでの生き方への情熱と真剣さとは
法政大学文学部哲学科卒
猿田彦珈琲社長 大塚朝之

『ペップ・グアルディオラキミにすべてを語ろう』
マルティ・パラルナウ(著) 東邦出版

FCバルセロナというフットボールチームを最も成功させた監督がペップ・グアルディオラである。新人監督にして世界一のスーパースターだったロナウジーニョを放出し、当時の若きメッシを中心選手に抜擢した大胆不敵さ。攻撃して攻撃して攻撃するという理想論でしかない戦術を実践するための緻密すぎるまでの細かな準備。史上最高と呼ばれる戦術家の着眼点や自身の家族との付き合い方までが読みとれる著書になっている。非常識なまでの生き方への情熱と真剣さ。大学時代に学んだパスカルの繊細かつ大胆不敵な精神と、ベルクソンの情熱からはじまる熱運動の話を思い出さずにはいられない。

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(小澤 啓司 尾関裕士=撮影)