人間を生かし、  名曲をも生み出す  「1/fゆらぎ」の謎【前編】

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2017年を迎え、穏やかで心豊かな1年間を祈ったひとも少なくないのでは。

でも、心が癒され、気持ち良い日々を過ごすには、どうすればいいのか――?

そのヒントを探るべく、「1/fゆらぎ」研究の第一人者であり、世界的権威である武者利光氏にお話を伺った。

(C)FUTURUS

「1/fゆらぎ」とは、小川のせせらぎやそよ風など、多くの自然界に多くみられる現象で、人間に癒しや心地よさを与えるという。

不思議なメカニズムから、人間との神秘的な関係、社会への影響、そして“予言”まで、ゆらぎ界の大重鎮への貴重なインタビューをお届けする。(全2回)

物理学の既成概念を破る「ゆらぎ」の定義

──先生がつくられた「1/fゆらぎ」という言葉は、さまざまなところで使われていますが、そもそも「ゆらぎ」とは何なのですか?

光や音、電波など、いわゆる“情報”は、意味のわかる「信号」と、意味のわからない「雑音(ノイズ)」に区別されるのが一般的です。

しかし、たとえば外国語を例に挙げると、その外国語を理解できるひとにとっては「信号」ですが、理解できないひとには「雑音」となります。物理学において、このような主観的な区別はおかしいと考えて、私は信号も雑音もあわせて「ゆらぎ」と呼んでいます。

──それで社会的に認知されて、流行していったわけですね。では、「1/f」とは何ですか?

一口で説明するのはむずかしいですが、「f」は周波数(frequency)のことで、「パワーが、周波数(f)に対して反比例する」ことを「1/f」と表します。

極論すれば、「1/f」とは、「低周波のほうが、パワーが強くなる」ということです。

そして、規則的で単調なリズムをただ繰り返すのではなく、不規則的なゆらぎの中にも「一定の法則に沿って、ゆらぎが生じる」のが、「1/fゆらぎ」の特徴です。

誰も解けなかった“謎”を解明するために

──「1/fゆらぎ」の研究を、先生が始められたきっかけは?

「ゆらぎ」の“謎”を解明したいと思ったのが、そもそものきっかけです。

いわゆる雑音には、大きく分けて「熱雑音」「ショット雑音」「1/f雑音」の3種類があります。熱雑音とショット雑音は発生の原理が解明されていましたが、1/f雑音だけは発生のメカニズムが謎で、物理学的に誰もその謎を解くことができませんでした。

たとえば、半導体素子の電気抵抗を測定しますと、熱雑音以外に「1/f ゆらぎ」が観測されます。これは、「何もしない状態なのに、抵抗値がゆっくりと変動している」ということで、よく考えてみると、非常に不思議な現象です。常識では理解しがたいことで、そのメカニズムが謎に包まれていました。

一方で、「1秒の長さ」を決める標準時計である水晶時計が刻む1秒の長さが、この「1/fゆらぎ」をしていて、測る度に「1秒の長さ」の値が少しずつちがうこともわかっていました。

これでは“標準”にならないので、発振素子の水晶の温度の安定化を試みましたが、いくら温度を安定化しても、この不確定性が小さくならないのです。これは困ったことです。

そこで、私は「なんとかして、この謎を解きたい」と思って、1976年にアメリカで開催された時間標準に関する国際会議に初めて参加しました。

──そのことが、ゆらぎの国際会議の開催につながったのですね。

そうです。その時間標準に関する国際会議のコーヒーブレイクの席上で、私は周囲のひとたちに呼びかけました。

「このゆらぎは、標準時計が刻む時間の長さのゆらぎでだけはなく、自然界にあまねく存在することは、皆さんはよくご存知でしょう。この謎を解くには、いろいろな専門分野の研究者を集めて、学際的な観点から英知を集めないと、解決できないと思いますが、皆さんはどう思いますか?」と。

その私の問いかけに、「同感だ」という声がたくさん起こりました。そこで、新しいスタイルの学際的国際会議を開くことを提案し、日本に帰ってすぐに準備にとりかかりました。そして、翌1977年7月に、東京での開催にこぎつけたのです。

──その第1回目のゆらぎの国際会議で、「なぜ生体が『1/fゆらぎ』をするのか」ということを、先生が世界に先駆けて発表したのですね。

はい。この会議には、世界中から物理学者や生理学者、電子工学者、天文学者などが100人くらい集まって、いろいろなゆらぎの現象について発表しました。

そして最終日に、有志が集まった円卓会議で「今回の研究会は有益でしたか?」と問いかけたところ、全員が「Oh, yes!」という反応でした。

さらに「継続して開催しよう」という意見が大部分だったので、各国の持ち回りで、隔年開催することに決まりました。そして数回開催をしている過程で、この会議の呼び名はInternational Conference on Noise and Fluctuations(ICNF)に変わってきました。

2017年6月には、ヨーロッパのリトアニアで開催予定です。あれから40周年を迎える現在も、ICNFは活発に継続しており、日本では若手の後続グループが現れてきました。

人間は「1/fゆらぎ」に基づいて生きている

──その第1回国際会議から、さらに先生の研究が本格化していったのですね?

特に1982年に、生体現象のなかで、「心拍間隔のゆらぎが、「1/fゆらぎ」である」と発見したことで研究がさらに加速しました。

一般的に、人間の脈拍は一定間隔にみえます。しかし、生体が“一定間隔”をつくれるはずがないので、その間隔を精密に測ったところ、きれいに「1/fゆらぎ」だったんです。

──人間も、「1/fゆらぎ」に基づいて生きているということなんですね。

そうです。たとえば、手拍子を一定のリズムで打つ場合も、一定に聞こえますけれども、実際には遅かったり早かったりする現象が混ざっていて、それが心拍の「1/fゆらぎ」とまったく同じなんです。

世界的な最新医療の研究も進む

──まさに、人体の神秘ですね。

そうですね。以前、ロシアのパブロフ研究所を訪れたときに、「Dr.Mushaの技術を、心臓病の診断に利用している」と聞かされて、驚きました。どのように利用しているのかは教えてくれませんでしたが、このように、私の知らないところで「1/fゆらぎ」の応用研究が進んでいるようです。

また、四国の産婦人科医からの報告では、「妊娠中の母体が妊娠中毒にかかると、胎児の心拍が規則的になってしまいますが、母体が回復すると、胎児の心拍がまた「1/fゆらぎ」をとり戻すということです。「1/fゆらぎ」は、生命の維持にも必要なのかもしれません。

生体に「1/fゆらぎ」が発生する物理的メカニズムを発見

──「1/fゆらぎ」は、人間特有のものなのですか?

人間以外でも、生体のリズムには、基本的に「1/fゆらぎ」が現れます。

以前行った、アフリカマイマイというカタツムリの巨大細胞内部の電位を測る研究をしている岐阜大学医学部の竹内教授と行った共同研究では、この細胞自身の電気パルスが「1/fゆらぎ」をする」ということが発見されました。

また、電子技術総合研究所の脳科学者・松本元さんと東工大の小杉助手〔現在は名誉教授で,脳機能研究所で共同研究をしています〕とヤリイカから「巨大神経軸索」を取り出して、その中の電気パルスの走行実験を行なったところ活動電位パルス列密度が「1/fゆらぎ」に変化するという不思議な発見をしました。

──生体のリズムは、基本的に「1/fゆらぎ」をしているのですね。そして近年、先生は「1/fゆらぎ」の発生の謎を解明されたということですが。

2012 年に、「1/fゆらぎ」が発生する物理的なメカニズムを突き止めました。

シンプルに言うと、「細胞内を電流(イオン電流)が流れる際に、電流がある値に達すると大きな電流が出て、細胞内の穴が大きくなる。穴が大きくなったときにパルス間隔がゆらぎ、そのときに「1/fゆらぎ」が発生する」ということになります。

──単調な電流のリズムのなかに、アクセントになるようなリズムが入ることで、「1/fゆらぎ」が生まれているというわけですね。

そうです。この研究によって、逆に「1/fゆらぎ」をソフトウェアで作成するノウハウもわかってきました。

音楽にも「1/fゆらぎ」があるのは、なぜか?

──先生の研究では、音楽も「1/fゆらぎ」しているという研究結果もありますね?

第1回の国際会議のときに、IBMのWatson 研究所のRichard Vossが音楽のメロディーは「1/fゆらぎ」をしていることを発表しました。モーツァルトやベートーベン、ショパンなどのメロディーのなかに、「1/fゆらぎ」が潜在していることがわかったのです。

また、古今東西を問わず、多くのひとたちに好かれている曲や、「気持ちがいい」と感じる曲は、共通の性質を持っていることも解明。日本古来の音楽である雅楽も調べたところ、非常に有名な『越天楽』という曲がきれいに「1/fゆらぎ」していることがわかりました。

──なぜ、名曲は「1/fゆらぎ」しているのですか?

先ほどお話ししたように、「1/fゆらぎ」は、心拍といった生体の生理的なゆらぎ、つまり生体リズムと同じです。

人間自体が「1/fゆらぎ」を持っていますから、音楽家が直感的に作曲した音楽にも、結果的に「1/fゆらぎ」が表れるのでしょう。

人間や動物に快適感を与える

──それは、サイエンスの分野だけでなく、音楽分野にとっても非常に大きな発見ですね。

この発見から、「1/fゆらぎ」というのは、「人間に快適感を与える」ということもわかりました。一定の法則性を持った「1/fゆらぎ」は人間に心地よさや癒しを与えるのです。一方で、その法則から外れた曲は、統計的には「名曲」ではないといえるかもしれません。

作曲家の故・冨田勲さんと共同で作曲活動をしておられた後藤恵一さんとさまざまな曲を分析して、私が理論的に計算した「1/fゆらぎ」をもとに作曲してもらったところ、ものすごく気持ちよく感じられる曲ができました。

また、実際に「1/fゆらぎ」を持つ曲を活用した方々から、「乳牛に、『1/fゆらぎ』の音楽を聞かせると、乳の出が多くなる」とか「鶏に音楽を聞かせたら、産卵量が増えた」などの声も数多くいただきました。

──演奏方法には、関係はないのですか?

大きな関係があります。たとえば、バイオリニストの千住真理子さんにバイオリンの弦を1本だけ単調に弾いていただいて、その振動数のゆらぎを調べたことがあります。結果は、予想通りに、きれいな「1/fゆらぎ」をしていました。電子楽器の演奏では、そうはなりません。

人間が弾くと、筋肉の緊張度が「1/fゆらぎ」しているから、演奏にも得も言われぬ「1/fゆらぎ」が生まれるんだと思います。

だから、同じ曲を人間と機械がそれぞれ演奏した音を聞くと、どちらが人間の演奏かということがすぐにわかるはずです。

【取材協力】

武者利光●東京工業大学名誉教授。株式会社脳機能研究所代表取締役会長(CEO)。株式会社ゆらぎ研究所代表取締役会長(CEO)。1931年、東京都生れ。54年東京大学理学部物理学科卒業後、同年、日本電電公社電気通信研究所研究員、64年に、フルブライト交換研究員としてマサチューセッツ工科大学研究員、65年スウェーデン王立工科大学研究員、66年RCA東京研究所研究員に。67年、東京工業大学助教授となり、1981年にパリ大学(Pierr et Marie Curie)招聘教授として招かれ、東京工業大学では教授を経て名誉教授に就任。1992年同大学を定年退職し、脳機能研究所及びゆらぎ研究所を設立し、社長を兼任。著書に『ゆらぎの発想〜1/fゆらぎの謎に迫る』など。