2017年5月19日に神戸空港で開催された「ブライトリングDC-3ワールドツアー」のイベントでは、航空輸送の世界で名機と呼ばれる「DC-3」に体験搭乗できたことはすでにGIGAZINEでも掲載済みですが、当日は「日本海洋少年団」の子どもたちを対象にした招待フライトや、航空ジャーナリストの中村浩美氏によるDC-3の解説講義などが行われました。この記事ではイベント全般の様子や、さらにあちこち撮りまくったDC-3の写真と映像をいろいろレポートします。

EVENT - ブライトリング DC-3 ワールドツアー | BREITLING

https://www.breitling.co.jp/aviation/event/2017/dc-3/japan-meeting.php

会場となった「ヒラタ学園」に到着。イベントは施設の中にある格納庫や講義室などで行われます。建物の前にはブライトリングのバナーなどが立てられています。



DC-3のパネルも展示されており、前に立って記念写真するのにピッタリ。



当日は午前10時から日本海洋少年団」のメンバーを対象にした体験搭乗がまず行われました。フライトの前に、DC-3という飛行機について「航空教室」で少しお勉強の時間。



講師を務めたのは、元「航空ジャーナル」編集長の中村浩美氏。DC-3という機体が、どのような理由で画期的だったのか、日本でどう使われていたのか、そしてブライトリングDC-3ワールドツアーはどういったイベントなのか、などについて講義がありました。



DC-3は航空機メーカーのダグラスが1935年12月に初飛行、翌1936年に運用を開始した航空機で、世界で初めての「商用旅客機」です。なお、ダグラスはマクドネル・エアクラフトと合併して「マクドネル・ダグラス」となり、その後1997年にボーイングに吸収されて企業の歴史に幕を下ろしています。



日本におけるDC-3の運用は、日本ヘリコプター輸送(日ペリ、後の全日空)がDC-3を就航させています。この時、初めてキャビンアテンダント(当時は「スチュワーデス」)が採用されたとのこと。



DC-3の大きな特長の一つが「全金属製の機体」だそうです。今では飛行機といえば金属でできているのが当たり前で、さらに近年はカーボンファイバーなどの複合素材などが使われていますが、1930年代当時、飛行機の翼には特殊な布素材が使われることも珍しくはありませんでした。また、前2輪・後1輪の「尾輪式」を採用した機体であることや、主車輪が半引き込み式であるなどの特長を持っています。



エンジンはP&W(プラット・アンド・ホイットニー)社製の空冷二重星型14気筒エンジン「R-1830-92」を2基搭載。各1200馬力で合計2400馬力というパワーで、巡航速度は時速250km、最高高度1万6000フィート(約4800メートル)での飛行が可能です。



現在は77歳というBREITLING DC-3ですが、航空法規に対応するためにコックピットには最新型の航空電子機器を導入しているとのこと。とはいえ、操縦系統や制御系統はオリジナル状態が保たれているそうです。



この機体は、スイス・ジュネーブを出発して東回りで世界一周の真っ最中。日本を発った後はカムチャツカ半島を経由して北米に入り、大陸を横断した後に大西洋を横断して9月にスイスで開催される「ブライトリング・シオン・エアショー2017」で完結します。



スタートは2017年3月9日、スイス・ジュネーブ空港から。



これまでに訪問した各地でも、現地のフライトチームとのランデヴー飛行など手厚い歓迎を受けてきたそうです。



日本では、4月29日(土)〜30日(日)に熊本空港、5月5日(金)に自衛隊岩国基地、そして5月19日(金)〜20日(日)に神戸空港、5月26日(金)〜27日(土)に福島空港を訪問し、6月3日(土)と4日(日)には千葉・幕張海浜公園で開催されるレッドブルエアレースでのデモ飛行を行います。気づいた人もいると思いますが、熊本、神戸、福島の3都市はいずれも震災の被害を受けたところばかり。復興をサポートする願いを込めての訪問となっているそうです。



各国では、さまざまなゲストを招いて体験フライトが実施されています。中東では見るからに富裕層らしき人が乗っていますが、今回のように子どもたちが乗れるチャンスは日本だけとのことです。



講義が終わり、日本海洋少年団のみんなと先生が機体の前で敬礼。これからいよいよ、非常に貴重なDC-3でのフライトを体験します。



続々と乗り込んでいく団員のみんな。



全員が乗り込んでしばらくすると、エンジンが始動されました。「ドルン、ドルン」という音とともにプロペラが回り始め、白煙がもうもうと立ちこめます。すると、プロペラが起こす風によって排気ガスが取材エリアにも運ばれてくるのですが、その「匂い」は現在の基準ではちょっと考えられないほど強いものを感じます。とはいえ、人によってはどこか心地よいとも感じられる匂いで、今では感じることもなくなった「THE・エンジン」を感じさせる排気ガスを久々に感じた思いです。

BREITLING DC-3がエンジンスタートする様子を排気ガスを浴びる距離から撮影 - YouTube

10分間ほどの暖機運転でエンジンを温め、調子が整ったらエンジンの回転を上げ、滑走路へのタキシングを開始しました。「77年も前の機体が本当に動くんだなぁ…」と、しみじみとした思いに1人で包まれてしまいました。



そしてDC-3が滑走路を離陸して行きました。なお、ムービーの前半は当日の3回目のもの、そして後半が、実際に少年団のみんなを乗せたフライトの様子です。前半は神戸空港の4F展望デッキから撮影したのですが、まさに目の前で機体がエアボーンする(車輪が地面から離れること)という、スポッターにはたまらない幸運に巡りあえました。

BREITLING DC-3が滑走して神戸空港から離陸するところ - YouTube

約30分のフライトの後、着陸したDC-3がハンガーに戻ってきました。DC-3は途中でクルリと向きを変え、お尻をこちらに向けた状態で駐機しました。

BREITLING DC-3がフライトから帰ってきてハンガーエリアでターンする様子 - YouTube

フライトが楽しかったのか、階段を軽やかに降りてくる子どもも。小学5年生の前田陽希(はるき)君はフライト後のインタビューで、「京セラドーム大阪や通天閣などが見えた。エンジンの音と振動がすごかった」と話してくれました。



フライト後、団長さんから機長への感謝のコメントが述べられ、団員のみんなが機長に感謝の気持ちを表すために手旗信号で「ありがとうございました」などのサインを披露。アグーロ機長とファブラ副機長がその様子を見つめています。



アグーロ機長からあいさつがあり、団員のみんなと握手を交わしてセレモニーが終了。



そして最後に、横断幕とともに全員が写真にパチリとおさまりました。



そして本日2回目のフライト、取材陣を乗せた体験フライトのスタートとなりました。



実際に乗ってみると、エンジンから伝わってくる振動が思いのほかダイレクトに感じられ、騒々しくはあるものの、なんとなく「ヒコーキが生きている」という思いがふと心をよぎるフライトでした。この機体が活躍していた頃を知る人ももう多くはない時代になってしまいましたが、古き良きヒコーキ時代を思い起こさせる音と振動に、途方もないノスタルジーを感じながらあっという間に30分のフライトが終わってしまいました。その一部始終は以下の記事で詳細にレポートされています。

名機「DC-3」が日本に飛来、「ブライトリングDC-3ワールドツアー」の体験飛行に参加してきました - GIGAZINE



先述のとおり、現代風にアップデートされたコックピット。とはいえ、翼を動かして姿勢を制御する円形の操縦輪はオリジナルどおりとなっています。



計器パネル部分には、ガーミン社製の電子機器などが埋め込まれている模様。しかし、その手前にあるスロットルレバーは、往年の雰囲気を感じさせるレバータイプとなっています。



頭上のヘッドアップパネルも、近代風なものにアップグレード済み。コックピット上部には、外部光を取り込むことができる採光窓が取り付けられているようです。



客室の窓は、今ではほとんど見られなくなった真四角なタイプ。その周囲に木製の枠が取り付けられています。



一番前のシートに座ると、窓の外にエンジンとプロペラが見えました。



そして体験フライトが開始。滑走路に続くタキシーウェイを進むDC-3。向こうには神戸空港を拠点とするスカイマーク・エアラインの格納庫が見えます。



神戸空港の4F展望デッキからDC-3の姿を見つめるみなさんの姿。



エンジンの回転が上がり、比較的短い助走の後にDC-3は宙に浮かびました。



大阪湾の埋め立て地の上空を旋回し……



あまり見慣れない、低い高度で街の上を飛ぶDC-3。真ん中に見える広い道路の先には、京セラドーム大阪が見えています。



最高標高932メートルの六甲山を眺めながらフライト。今回の飛行高度はおよそ400メートルであり、六甲山の山頂からだと見下ろしてしまえるほど低いところを飛んでいます。



神戸空港に近いポートアイランドを2周ほど旋回してDC-3は徐々に高度を下げ、神戸空港に着陸しました。



フライトの後半、「はっ!」と気づいて慌ててスマートフォンのGPSアプリを使ってフライトのログを取りました。着陸前、DC-3はポートアイランド上空を旋回して高度を約400メートルから250メートル程度に下げ、大きく右旋回して空港の着陸コースに進入したことがわかります。



着陸後、機内の様子をしばし観察するタイム。機体中央部分に開けられた大きなスペースは、本来ならばシートが置かれる部分ですが、長距離フライトの時に追加の燃料タンクを搭載するように空けられています。



今では見ることができない、肘掛けに取り付けられた灰皿。昔は機内でも普通にタバコを吸うことができたことを示しています。



機内でカメラを水平に構えると、駐機中の機体はこのぐらい傾いていることがわかります。



各シートの頭上に取り付けられたパネル。左から外気を導入して温度をコントロールする送風口、読書灯、そして読書灯のスイッチ。アグーロ機長に尋ねてみたところ、送風口から吹き出す風は空調されておらず、純粋に外気をそのまま機内に取り込むようになっているそうです。



最後部シートの横には、非常脱出口。



シートは残念ながらオリジナルではなく、最新の安全基準を満たすように新しい物に換装されています。それにともない、床には1インチ単位でシート位置を調節できるレールが追加されていました。



古い機体ではありますが、機内音響のスピーカーにはケンウッド製のものが使われていました。



フライト後に囲み取材を受けるアグーロ機長はスイス・ジュネーブ出身で、このDC-3とロッキード・コンステレーション(通称・コニー)2機を動態保存するNPO団体Super Constellation Flyers Association(SCFA)でチーフパイロットを務めている人物でもあります。同団体は、古く歴史がある航空機を動く状態で保存することで、飛行機を「生きている状態」で後世に伝えることを目指しているとのこと。製造から70年を超える機体であるDC-3は、なんと1時間のフライトのために100時間もの整備時間を要するとのこと。修理用部品も入手が徐々に難しくなっているものの、同団体では十分なストックを持つことで、可能な限り機体を保存する取り組みを進めているそうです。



左右のエンジンもオリジナル状態。1万6000機が製造されたDC-3ですが、現存する機体は100機から150機の間で、しかも高いオリジナル状態を保って飛べる機体は非常に少ないとのこと。他のDC-3だとエンジンを最新タイプに換装している機体もあるとのことですが、この機体はオリジナルが保たれているそうです。



アグーロ機長によると、機械やコンピューターの助けがほとんどないこの機体を飛ばすのは、まるで「トラックを運転するよう」とのこと。翼の動きはパイロットが握る操縦輪に直結しているため、風の強い日にはハンドルが重くなるなど、今では考えにくい大変さがあるそうです。



非常にファットな前輪。軍用機としても開発されたDC-3は、表面が荒れた滑走路でも着陸できるようにこのようなタイヤが採用されています。



真正面から見ると、この迫力。



しかし、DC-3が最も美しく見えるのは、なんと言っても斜め後方から見るこのアングル。大空を見つめるような後傾姿勢のポーズと、力強く、しかし柔らかな曲線でできた主翼が整ったバランスを感じさせます。



機体側面にはNPO法人のメインスポンサーであるブライトリングのロゴが大きく描かれています。



後退角のほとんどない主翼と、触れるほど低い位置にある水平尾翼など。





誕生から80年を超えるDC-3は、現代の航空業界の礎となった機体といえ、「世界で初めて商業飛行で利益を出すことができた」機体でもあるとのこと。ここから飛行機の発展が始まったのか、と思うと、まるで「生き証人」のように永い余生を送っているようにも感じられました。このような貴重な機体を可能な限りオリジナル状態で保存しようとするNPO団体・SCFAの取り組みは非常に貴重であるといえ、できることなら1人でも多くの人にこのような機体の姿を目にしてほしい、ということを考えながら会場をあとにしました。