崩壊するスパイサー報道官 信頼が消えた時に起こること

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「私たちは、まやかしについてのまやかしのプレゼンをしている」

これは約20年前に私の友人が、あるマーケティング活動を皮肉って言った言葉だ。ホワイトハウス報道官らがこのところ際限なく連発する失態を目の当たりにし、私の頭の中ではこの言葉がこだまするようになった。

ホワイトハウスの報道対応を率いるショーン・スパイサー大統領報道官の説明内容は、彼が代弁している人物であるドナルド・トランプ大統領本人によって翌日、あるいはわずか1時間後に否定されることもしょっちゅうだ。

スパイサーにとっての苦難の始まりは、大統領就任式の翌日にトランプ大統領に記者会見の場へと押し出され、就任式の聴衆の数についてのトランプの発言を擁護させられた時ではない。彼の苦労は、トランプの選挙対策チームの広報担当者ジェイソン・ミラーが家庭の事情を理由にホワイトハウス報道官の職務から身を引いた時から始まった。

選挙運動に参加していなかったスパイサーは、業務をこなしながら「トランプについて学ぶ」ことを強いられた。それまで共和党全国委員会の広報責任者だった彼は、ラインス・プリーバス首席補佐官によりトランプ政権へと引き入れられた。

広報に携わる人の大半は仕事を楽しんでいる。広報はスピード感があり、創造的で、やりがいがある。広報担当者らが唯一恐れているのは、クライアントだ。大抵のクライアントは広報担当者に敬意を払う一方で、あらゆる業務について対立するクライントもいる。相手を言い負かさなければ気が済まないような人間だ。こうしたクライアントはある意味、口論し、批判し、後知恵でとやかく言うために人を雇っており、自分のエゴのために金を無駄にしている。

スパイサーが弁護しなければならないトランプ大統領について、CNNのコメンテーター、クリス・シリザはこう述べている。「根っからの一匹狼で扇動家。トランプはよく、反響を巻き起こすための言動をとる。それは彼の特権だ。トランプは(選挙に)勝ったのだ」

彼は間違いなく難しいクライアントだ。満足させることは不可能かもしれない。だが個人攻撃はさておき、これにより本当に損なわれてしまうのは信頼だ。広報担当者はクライアントを信頼しなくなり、その過程で、たとえクライアントが話を二転三転させようとも、気に入られるためにへたな芝居を打つようになる。

ジャーナリストはまるで犬のように、自分たちを恐れている人をかぎつけ、飛びかかる。それが世の常だ。少なくともかつてはそうだった。

追い詰められたショーン・スパイサーの姿は、リチャード・ニクソン政権の報道官だったロン・ジーグラーをほうふつさせることが多い。ニクソンはあるとき、ジーグラーを乱暴に押し出してメディア対応をさせ、自分は立ち去ったことがあった。当時ジーグラーの言葉を信じていた人は、現在スパイサーの言葉を信じる人と同じく、ほとんどいない。

広報担当者の大半がそうであるように、スパイサーは愛想と親しみやすさを示すこともできるが、無理のある話をひねり出さなければならない重圧により、その体裁は崩壊しつつある。

スパイサーとそのチームだけが悪いのではない。党派心に基づいたメディアへの働きかけや、陰謀に触発された「フェイク(偽)ニュース」のまん延により、報道官とメディアの間での健全な協調関係が崩壊してしまった。

私たちはしばしば、意見のフィルターを通して事実を見て、自分の世界観に合わないものを拒絶する。すると事実が事実として見られなくなり、信じる者を安心させる一方で信じない者を攻撃するプロパガンダの手先と化してしまう。

真実は不変であり、代替はできない。信頼性が消え去ると、全てはまやかしとなるのだ。