離婚と解雇は、こんなに似ている。

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「離婚」と「解雇」は、その重大さにもかかわらず、法的な意味を正確に理解している人はわずかです。

ベストセラー『外資系金融の終わり』の著者・藤沢数希さんが、新たに結婚を金融商品として論じた『損する結婚 儲かる離婚』を上梓しました。同じくベストセラー法律書の『社長は労働法をこう使え!』の向井蘭さんと、離婚と解雇の「意外な共通点」を語ってもらいます。(構成:平松梨沙)

普通の弁護士が書けないことを
書いた本

向井 本日はありがとうございます。担当編集者から「藤沢さんの本を読んだら、労働にまつわる法律と婚姻にまつわる法律は似ているんじゃないかと気づいた」という話をもらって、『損する結婚 儲かる離婚』を読みました。非常におもしろかったです。弁護士だとかえって言えないことが書いてある。

藤沢 それはうれしい感想ですね。ぼくも弁護士の方が書いた離婚訴訟についての本をだいぶ読んだんですけど、みんな奥歯にものが挟まったようなことしか書いてなくて(笑)。だから自分で書いちゃったんですが、向井さんこそ、『社長は労働法をこう使え!』で、労働法にかかわる問題についてかなり歯に衣着せずに書いていらっしゃるので、今日はいろいろお話しするのが楽しみです。

向井 いや、「結婚はデリバティブ商品」「夫婦はゼロサムゲーム」ほどのインパクトはないですよ(笑)。私自身、司法試験では民法の家族法の勉強もしましたし、離婚訴訟を一度だけ受任したこともありますが、今はもっぱら労働関係の紛争処理や訴訟に専念しているので、藤沢さんからお話を聞いていろいろ勉強できればと思います。

みんな、結婚と労働のことを知らなすぎる

藤沢 まず一番の共通点は、結婚についても労働についても、みんなあまりにも法律を知らないってことですよね。まあ、法律というよりも、それが実際にどう日本の司法の場で運用されているか、実務の方ですけどね。とくに離婚と解雇について。

向井 そうなんですよ!

藤沢 離婚でいうとね、誰もコンピ――婚姻費用(こんいんひよう)のことを知らないじゃないですか。

向井 そうですね。離婚するには訴訟の前に調停をする必要があること、そして調停や訴訟の間に当人同士が別居して法廷でののしりあっていたとしても、相手に、夫婦間に存在する「生活保持義務」を履行するための「婚姻費用」を支払い続けないといけないということは、もっと知られてしかるべきです。

藤沢 本当にみんな知らないんですよ。婚姻届に判子を押すということが、愛の証というだけでなく、これからの生涯の所得を渡すという「金融商品の譲渡」に他ならないということをね。

向井 藤沢さんは、『損する結婚 儲かる離婚』のまえがきで、自身のご友人の話を書かれていましたよね。奥さんが浮気したから離婚を申し出たのに、調停期間中ずっと毎月37万円もの婚姻費用を支払い続けることになり、疲弊してしまったという……。

藤沢 そうなんです。みんな妻と別れることになってね、貯金の半分あげれば離婚できるか、高いなぁ、みたいな甘いこと考えてるんですけど、家庭裁判所に呼ばれて「コンピを支払え」と言われても、そんなもんか、とまだピンとこないの。で、実際に支払い命令が下っても、最初の1、2ヵ月払ってみても、まだ、結婚が何だったのかわかってないわけ(笑)。そんで、半年ぐらいコンピ払って、「あれ、これ俺永遠に払い続けるの? え、ええ、それってすげー金額になるじゃん!」とここで初めて自分が判子を押した契約の意味を知るんですね。コンピ地獄ですよ。

向井 離婚が成立したら養育費がかかるだろうというのは知っているけど、婚姻費用のことは知っている人は本当に少ないですね。

――知っている人は、体感としてどれくらいでしょう。

藤沢 離婚経験者と弁護士以外で知ってる人は見たことないですね(笑)。しかも、養育費はまだ「子供を養育するのに必要な費用」というのである程度上限があるんだけど、コンピは青天井なのにね。

向井 「夫婦が同一の生活を保持する」という趣旨ですからね。

藤沢 だから、ダルビッシュ投手と離婚した紗栄子さんクラスになってくると、月1000万円越えてくる。年じゃなくて、月ね。年収数千万円の旦那が、自分から信頼関係を破綻させた主婦に月何十万、下手したら100万円以上も支払う制度というのは、おかしいと思いますよ。しかも、法的には財産形成は「内助の功」のおかげってことになってるから、最後に財産の半分も取られちゃう。

――今どき、「内助の功」ですか?

向井 結婚以降現時点までの夫の収入や財産は、妻の内助の功があって達成されているから、離婚時の財産分与においては、たとえ妻が専業主婦であっても2分の1の寄与が認められるということになっていますね。

藤沢 もちろん一定の寄与などは認められていいでしょうが、結婚したからといって2倍の時間働けるようになって2倍の給料もらえるようになるわけでもないでしょう。2分の1というのはおかしいですよ。

向井 判例によっては、高額所得者の配偶者である妻の内助の功を通常よりは少なく見積もったものもありますが、それでも多いですね。

藤沢 奥さんが、内心はどうであれ「別居してるけど戻りたいんです」と言い張れば、裁判が長引いて1、2年じゃすまないこともあります。判例では10年以上離婚が成立しなかったものもありました。もちろんその間、コンピはずっと発生している……。こんなことを知らないのはまずいでしょうと思って、『損する結婚 儲かる離婚』を書いたわけです。

今の制度では、
真面目な社長ほどバカを見る

向井 労働問題における「賃金の仮払い」にも、婚姻費用の現状に似たところがあります。会社にとって素行の悪い従業員がいて、信頼関係もめちゃめちゃになっているときに、社長さんはよく解雇規制も分からず従業員を解雇するんですけども、そうすると解雇されて生活に苦しい従業員は、職場復帰を実現するために、まず賃金仮払いの仮処分というものを申し立てるんですよ。

藤沢 はい。向井さんのご本でも解説されてましたね。

向井 裁判所が賃金の仮払を会社に命令すると、社長さんは解雇したはずの従業員に賃金を支払い続けないといけない。

――それは、相手がどんなモンスター社員やぶら下がり社員だったとしても?

向井 会社にとってモンスター社員、ぶら下がり社員であったとしても、裁判所で証拠にもとづいて「解雇が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」と認められなければ解雇無効となります。もちろん、世の中にはブラック企業に苦しめられて賃金の仮払いを求めたり、残業代の請求などを行っている方もたくさんいますよ。ただ、解雇規制は非常に厳しすぎて実情にあわないことがあります。
 また、賃金仮払の仮処分の他に、解雇無効を争う本訴訟が始まるわけですけども、本訴訟の例えば一審で会社が敗訴した場合は、仮払をしたお金とは別に、解雇無効を前提としたこれまでの未払い賃金を別途支払うように判決が出ました(甲府地裁判決平成21年3月17日)。

藤沢 ひどいですね。それって、給料の二重払いでしょう!?

向井 はい、二重払いだと思いますが、仮払いの賃金と本訴訟で支払いを命じた賃金は性質が異なるとして裁判所が二重払いを命じた状態が判決確定まで続きます(※)。
 実際は、仮に二重払いの判決が出たとしても、担保を積んで本訴訟の強制執行を止めて、一審判決で命じられた未払い賃金を支払うことはしないのですが、会社が担保として一審敗訴金額の約8割程度を積まないといけないため、一時的にせよ二重に会社からお金が出ていくことは変わりはないです。仮に二重に支払いをしたとしても、判決が確定した場合は二重に余分に支払ったものは返せと請求することはできますが、実際は、解雇無効の判決が確定した後に合意退職を目指して話し合いで解決することも多く、その際はすでに支払った金額は戻らない前提で、かつ退職してもらうために、多額の金銭をこれまで支払った金銭に上乗せをして退職和解をすることが多いのです。

※ 前記 甲府地裁判決。なお、この点は、『社長は労働法をこう使え!」でもかなり批判された所でして、千代田化工建設事件判決(東京高裁平成5年5月26日判決)などは、「判決が未確定の間は仮払いの賃金債務と本訴訟で支払いを命じた賃金債務の両債務名義が併存するが、」事実上賃金の仮払で本訴訟判決で命じられた未払賃金を支払ったと扱うことができるとしており、前記甲府地裁とは立場を異にしています。

藤沢 裁判で負けると、会社は悲惨ですね。

向井 はい。月給30万円の従業員を解雇して訴えられて、従業員の方が職場復帰にこだわり、賃金仮払の仮処分から本訴に至った場合、長期化してしまうと、退職和解で支払う金額は1000〜2000万円くらいかかる場合があるんです。労務トラブルの相談に来た経営者の方にその事実をお伝えすると、みなさん本当にびっくりした顔をしますね。

藤沢 それは離婚とまったく同じで、月給30万円なら手取り25万円ぐらいでしょ。やっぱり奥さんと離婚するときに、コンピが月25万円ぐらいあると、財産半分の他に2000万円ぐらい上乗せしないとダメなんですよ。将来のコンピを買い取らないといけないから。

向井 その辺の仕組みは同じですね。今後一定期間払い続ける月給をまとめて全部払っちゃわいないと退職してくれない。

藤沢 解雇無効の場合って、最悪定年までの基本給全てを支払わないといけなくなるということですよね?

向井 理論上は、そうともいえますね。実際、問題社員を解雇したのに裁判で勝てずに解雇無効になった社長さんが、会社に来ない社員にずっと給料を払い続けているという例も聞いたことがあります。

藤沢 それ、強烈ですね。このように、損失額が青天井というのも、離婚と解雇の共通点なんですよ。ただ、夫婦と違って、使用者は労働者に命令できますよね? 社長さんはその従業員に「会社に来い」と命令して、拒否されたら今度こそ解雇すればいい。

向井 その通りですし、私もまずは出社してもらったほうがよいですよ、と言うんですけどねえ……一度裁判で負けてしまった社長さんはもう気力が萎えちゃうんですよ。「いやいやあんな社員に出社されるくらいならこのままでいい」という感じで、みなさん怯えてますね。地方で講演すると、終わったあとに「実はうちは解雇した社員に賃金を払い続けていて……」と耳打ちされることがあります。みんな、表立っては話すらしたがらないですね。

藤沢 そりゃそうですよね。「会社に来てもいないクビにしたはずの社員に裁判で負けて、しかもずっと給料を支払い続けてる」なんて、他の社員に知られたら、みんなのモチベーションは下がってしまいますね。さらに、新たなトラブルのもとにもなるし、涙を飲んで会社にいない社員に月給を払い続けることになる。コンピ地獄といっしょですよ。

向井 そうなんです。真面目に払い続けている経営者は結構いるみたいです。そもそも、本当のブラック経営者は労働訴訟にきちんと向き合わないのです。

――お金をかけないことなんてできるんですか?

向井 たとえば、会社をつぶしてしまうという手段があるかと思います、もしくは経営者が会社をほったらかして逃げてしまうかですね。私はこのような会社の仕事は受任しませんし、依頼も来ませんが、労働者側で受任した知り合いの弁護士から相談されたことがあります。

――ええっ!

向井 一定レベル以上のブラック経営者は自分の会社に対して何の感情も入ってないから、それくらい平気でやりますよ。会社つぶして逃げられちゃうと、労働者側もなかなか追いかけられないですね。

藤沢 つまり、今の制度だと真面目な経営者ほどバカを見ることになる。離婚も同じで、まじめに家族のために働いて、お金を貯めていた男性ほどバカを見るんです。酒とギャンブルと女にぜんぶ使ってしまえば、奥さんも弁護士も取りようがありませんからね。僕はその解雇の実務の話を聞いて、日本でも、欧米のように金銭解雇できるようにするべきだ、と強く感じました。損失が青天井なのは、経営者にとっては怖すぎるし、経済の健全な発展を妨げると思います。

向井 おっしゃるとおりですね。他の弁護士さんはあまり表では発言しないので、私だけが変なことを主張しているように見えるかもしれませんが(笑)、労働問題の現場を見れば、ブラック企業の社長さんは不当解雇だと訴えられてもほとんど労働問題の土俵に上ってこないので、泣き寝入りしている方もいると思います。でも、解雇には一定の金額を支払う必要があるという法律と認識が定着すれば、そうした人たちも救える可能性が高くなる。解雇の金銭解決制度が、会社で働いている人に不利益になるとは限りません。
 
藤沢 もちろん労働問題も、弱い工場労働者などを大資本から守ったり、離婚問題も身勝手に妻子を捨てる男を許さない、という意味で法律は必要ではあると思います。
 しかし、モンスター配偶者やモンスター社員に苦しめられたすえに、縁を切りたいと思っている人が悲惨な目にあっている現状もあるし、誰にでも潜在的なリスクが存在する。僕は本やこうした記事で、そこについて啓蒙していきたいと考えています。

(つづく)