『スノーデン 日本への警告』(集英社新書)

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"平成の治安維持法"と悪名高い「共謀罪」(テロ等準備罪)法案を巡り、国会は最終局面に入っている。昨日、野党が金田勝年法相に対する不信任決議案を提出し、法案の衆院通過は来週にずれ込んだが、政府・与党は国会会期の大幅延長も視野に入れ、あくまで今国会での強行成立を目論んでいる。

 安倍政権は当初、法案の目的を「テロ防止」と位置づけ、「一般人が対象になることはありえない」などと言ってきたが、次々とウソが露呈。法務省は一般人も対象になりうるとの見解を出し、金田法相はLINEやメールでのやりとりによって共謀は成立するのかと問われ、「手段は限定しない前提」と答弁。また、自民党法務部会長・古川俊治参院議員がテレビで「テロだけじゃない」と明言しているように、共謀罪の目的は「テロ対策」にないことは明白だ。その本質は、一般市民の政府批判を取り締まるため捜査当局の権力を拡大し、恣意的逮捕を正当化することなのである。

 それでも政府は、"共謀罪の恣意的乱用はありえない""政府と捜査当局を信じるべきだ"との立場を見せているが、そんなはずがないだろう。そもそも、共謀罪の成立と市民のプライバシーの侵害は表裏一体の関係にある。当たり前だが、白昼堂々「共謀」をなす者など想定できず、これを取り締まろうと思えば確実に通信傍受や盗聴、ハッキングがセットになる。共謀罪が成立すれば、こうした国民を監視するツールがさらに強化されるだろう。

 実は、いまの時点ですでに日本政府は、ネットを監視して一般人の通信から個人情報を取得できるシステムを保有しているという。

 その政府による大量無差別監視の方法と実態を暴露したのが、あのアメリカ国家安全保障局(NSA)及びCIAの元局員、エドワード・スノーデンである。

 記憶に新しい今年4月24日、スノーデンが持ち出したNSAの機密文書を、アメリカのインターネットメディア「The Intercept」が報じた。そこでは、実に2013年の段階でNSAのネット監視ツール「XKEYSCORE」が、日本政府に提供されていた事実が明記されていたのだ。

●日本に提供されたネット監視システムで個人の性癖まで丸裸に

 最近、『スノーデン 日本への警告』(集英社新書)という本が出版され、話題を呼んでいるが、同書には、自由人権協会(JCLU)70周年シンポジウムにおけるスノーデンのこんな発言が収録されている。

〈ハワイでNSAの仕事をしていたときに、Xキースコア(XKEYSCORE)という大量監視ツールを用いていました。このツールを用いると特定の調査対象の通信をすべて把握することができます〉

 XKEYSCOREとは、一言でいうとNSA版の極秘高性能検索エンジン。通常のインターネット利用者が使うほぼすべての情報を監視、収集できるという。NSAは、光ファイバーケーブルに直接アクセスしたり、あるいはFacebookやGoogleといった世界規模のネット企業にユーザーのメールや、SNSでのやり取りを提出させるなどして、スマートフォンやPCでのネット利用者の膨大な情報を取得していたのだ。

 もちろん、これはアメリカだけの話ではないし、「自分はテロリストではないから関係ない」ともまったく言えない。スノーデンは、日本でもアメリカと同様に、通信会社を経由する通信をいくらでも傍受し、当局に提供することが可能だとも指摘している。そこでは、個人がGoogleで検索したワードを始め、ネットでどういうニュースを読んでいるか、どの政党を支持しているかはもちろん、愛する人の名前や、明かしたくない性癖までをもたやすく把握することができる。実際、NSAはイスラム過激派とみなした人々のポルノサイトの閲覧履歴や性癖に関する情報についてスパイ活動を行なっているという。

 しかも、「The Intercept」も報じたように、NSAは監視対象をテロリストに限定せず、経済交渉や国際会議で優位に立つために日本の大企業の幹部や官僚などもターゲットとしていた。前掲書『スノーデン 日本への警告』所収のインタビューでは、NSAと協力関係にあるオーストラリアの諜報機関が「海老やグローブタバコの値段」といった「小さな商品の経済スパイ」のためにすら監視ツールを用いていたことが明かされている。

 しかもNSAを参考にすれば、情報当局がターゲットを起点にして芋づる式に対象者を増やしていくのは明らかだ。日本では今年1月から公開されたオリバー・ストーン監督作品『スノーデン』では、ジョゼフ・ゴードン=レヴィット扮するスノーデンとNSAの同僚がXKEYSCOREを用いるシーンをこのように描いていた。

 XKEYSCOREのインターフェイス上には、直接のターゲットであるパキスタンの銀行マンの詳細な情報が表示される。スノーデンがターゲットの親族に関する情報が検索できるか尋ねると、NSAの職員は、銀行マンの義理の姉妹を選び出し、彼女のパソコンに内蔵されたウェブカメラを秘密裏に起動させ、着替えシーンを生中継で表示して見せる。さらには、ターゲットの15歳の娘が選択され、Facebookのチャットで友人に吐露した彼氏に対する思いが拾い上げられる。続いて、その彼氏の個人情報がすべて検索され、彼が二股をかけていることや、彼とその母親が不法滞在をしていることなどがスノーデンに伝えられる──。

 この映画はスノーデンに直接取材をしてつくられたという。つまり、当局は直接のターゲットのみならず、その親族や友人の情報も幅広く取得しており、そのすべての情報をXKEYSCOREで検索し、把握できるようにしているのだ。

●XKEYSCOREはすでに日本でも使われている!?

 さて、「The Intercept」が公開したNSAの内部資料によれば、少なくとも、日本政府は第二次安倍政権下の2013年4月22日から26日までの5日間、このツールのサードパーティ用バージョンの貸与を受けたとされる。前述したNSAの監視捜査の実態を踏まえると、日本政府がXKEYSCOREを利用したということは、日本における膨大なネットの通信内容へ令状なしにアクセスした可能性があることを意味する。

 しかも、この内部資料は、さらに驚くべきことを示唆していた。該当部分を抜粋しよう。

「このサイバー対策に従事する日本の諜報部局(DFS)の局員は、新任務のために今後使用することになる(XKEYSCORE等の)システムについて、その訓練をこれまでに受けていない」

 すなわちこの内部文書では、その後、日本の当局がXKEYSCOREなどの強力監視システムを使用することが既定路線となっているのだ。ここで言うDFS(Directorate For Signals intelligence)とは、おそらく防衛省情報本部電波部を指すと推測されるが、これが2013年の文書であることを考えると、日本政府が現時点ですでにXKEYSOCOREを実用している可能性は極めて高い。

 改めていうが、日本国憲法では国民の「通信の秘密」が保障されているはずだ。しかし、特定秘密保護法と情報公開法の不開示規定のもとでは、国民が日本でいかなる監視活動が行われているかを知る術はあまりにも限られている。さらに昨年には改正通信傍受法も施行された。そんななかで共謀罪が成立すれば、こうした一般市民のプライバシー暴露と情報隠蔽にさらなるお墨付きが与えられかねない。まさに、大規模な監視が政府によって行われ、当局の捜査も"治外法権"となってしまうだろう。

 にもかかわらず、自民党は〈テロ等準備罪について「デマ」を流す人は、この法律ができたら困るから〉などというチラシまでばらまき、"一般人にリスクはない""反対する奴らは後ろめたいことがあるに違いない"などと宣伝してきた。典型的な詭弁だ。スノーデンは前述のインタビューでこう指摘している。

〈マス・サーベイランス(大量無差別監視)に関与する官僚は、「隠すことがなければ恐れる必要はありません」と述べて監視を正当化します。このような説明は第二次大戦中にナチスのプロパガンダで用いられていたレトリックと全く同じです。第二次世界大戦中のプロパガンダ省のゲッペルズ大臣は、前代未聞の大規模な人権侵害が起きていたときにこう言いました。
「心配することはありません。政府を信じてください。我々は権限を適切に使いますから。」
民主主義とはそういうものではないはずです。開かれた社会ではこのようなことは許されません。こうしたレトリックは、プライバシーを間違ってとらえています〉(前掲『スノーデン 日本への警告』より)

●スノーデン「市民の反対する法案を強行する政府は」

 共謀罪で大幅に強化される日本の監視社会化は、権力の暴走を助長し、人々から権利を奪い取る。そして、その損害をいちばんに被るのは、武装したテロリストではなく、武力をもたないわたしたち一般市民なのである。スノーデンはこうも述べている。

〈すべての権利は守られなくてはなりません。あなたが安倍晋三首相であれば言論の自由など必要ないでしょう。あなたにこれを言ってはいけないなどという人はいませんし、多くの権利や特権を持っていて、しかも多くの点で多数派に属しているためです。権利は少数派を保護するものです。他の人とは異なる人たちを守るために権利は存在します。権利は弱い人を保護するために存在するということを覚えていなくてはなりません〉(同前)

 一般市民のささやかな生活まで丸裸にし、当局の恣意的な捜査と不当逮捕を可能にする共謀罪。〈市民が反対しているのに政府が意に介さず法律を成立させるような社会では、政府は制御不能となります〉とスノーデンが言う通り、こんな法案は絶対に廃案にせねばならない。
(都築光太郎)