ベテランの32歳ながら丸亀ハーフで4位に入ったケネス・キプロプ・キプケモイ 今年の元日に行なわれた全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)で、18年ぶりに優勝を果たした旭化成が、5月15日、ケニア人選手2名と正式に契約したことを発表した。1964年の第9回大会の初優勝以来、日本人選手だけで全日本実業団駅伝22回の優勝を誇る名門に、外国人選手が入部する。ちなみに、今年の大会では出場37チーム中、2区の外国人区間を日本人選手が走ったのは7チームだけで、そのうち総合20位以内に入ったのは優勝した旭化成と18位のJR東日本だけという状況だった。

 宗猛総監督は「これが時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、自分が旭化成に入って47年目でいよいよかという感じで……。ずっと日本人だけでやってきた僕らにすれば、ちょっと寂しいなという気もするし、関わってきた人たちの多くも『ついにうちもか!』という感じだと思う」と苦笑して、こう続ける。

「会社の方からも、7〜8年前から周りの流れもグローバル化している時代になったから、陸上部でも外国人を入れたらどうかという話はあったんですが、具体的には進んでいませんでした。過去のニューイヤー駅伝の成績では、27位が最低順位ですが、その時は1週間後の朝日駅伝でメンバーを3〜4人入れ換えて若手中心にして走り、ニューイヤー駅伝で3位だったHondaなどの上位チームに勝っている。それで『きっちり走れば、やっぱり強いじゃん』というのをアピールできていましたが、今は失敗を取り返す駅伝がなくなったということもあって、いよいよキツいんじゃないかということになり、昨年から急激にそういう話が高まってきたんです」

 昨年から経営陣のレベルでも、外国人選手を入れることを本格的に検討し始めた。その中で、陸上部を担当する人事担当役員を補佐する形で動いたという、陸上部副部長の坂本修一取締役常務執行役員は、「最後の最後まで旭化成は日本人だけで戦ってほしいという声も多くあるのも確かでしたし、実際にそういうチームを作ろうとやってきました」という。しかし一方で次のような議論もあった。

「旭化成陸上部の目的は、マラソンやトラックの五輪や世界選手権、主要大会で世界と伍して戦う選手を育てることです。その中でニューイヤー駅伝は『チームとしてやっているからには勝ちたい』という位置づけですが、過去、五輪や世界選手権などで戦える選手がいたときは勝っていて、いないときは勝てないという相関関係があるのも事実です。

 ですから、ニューイヤーを勝つのが目的ではなく手段のひとつと考えて、選手たちにも、『(ニューイヤー駅伝が)邪魔になっているなら、やらなくてもいいんだよ』とも言いました。でも彼らは『やっぱりチームでやるニューイヤーで勝ちたい』と言うんです。

 それに、会社としても陸上部を応援したいと考えて議論をする中で、経営陣から『やっぱり外国人がいた方がいいのでは』という意見も出てきた。それは駅伝で必ず勝てということではなく、そういう選手がいることで元々いた選手たちにも刺激になって、選手の育成にもつながるという考えです。実際に最後まで日本人だけでやってほしいという声は強いし、外国人選手がひとり入ったからといって勝てるわけではないのは確かなことですから」(坂本常務)

 こうした経緯から、昨年の夏前には外国人選手の採用を決め、代理人にも接触し始めた。

「元々うちの伝統は社員として採用するので、プロはいませんでした。できれば高校や大学の留学生を採用して選手として、社員としても育てたいという希望がありましたが、それだと高校3年や大学4年の選手を採るには時期的に間に合わないし、今の下級生に声をかけてスカウトしても、実際にニューイヤー駅伝で使えるようになるのは早くて3〜4年後になる。本来の姿は留学生を社員で採ることですが、そこは引き続いてやりながらも、強くするためにはあらゆる手段を使おうということで、プロ選手の獲得も視野に入れて動き出しました」(坂本常務)

 今回正式契約した、ケネス・キプロプ・キプケモイ(32歳)は、1万m26分52秒65とハーフマラソン59分01秒のベスト記録を持ち、13年世界選手権1万mで7位になっている。もうひとりのアブラハム・キャプシス・キプヤティチ(24歳)は、ハーフマラソン1時間00分03秒のベスト記録を持っている。

 いろいろな方向性を探りながら人選をする中で、昨年末にはこの2人に候補が絞られた。2月の丸亀ハーフに招待選手として出場した時に走りを確認した結果は、キプヤティチが1時間01分00秒で前年に続いて4位になり、キプケモイは1時間01分27秒で8位。そのあと、面接をして正式契約に動き始めた。


これからの成長に期待がかかるアブラハム・キャプシス・キプヤティチ「最初はどちらかひとりと思っていましたが、面接をしたあとで日本の生活に慣れていない面もあるから、ふたりとも採るのがベストではないかということになりました。力的には成長途上のキプヤティチの方があるかもしれませんが、キプケモイはベテランで非常にプロ意識が強い選手だから、いい組み合わせだと思う」と坂本常務は言う。

 さらにケニア人担当コーチとして、愛三工業の監督も務めた仙台勇を採用した。

「今いるスタッフがふたりに付きっきりというわけにはいかないので、朝練習から夕方の練習だけではなく、日頃の食事などいろいろと面倒を見られる専従コーチがいた方がいいだろう」(宗猛)という理由からだ。

「外国人がひとりいるか、いないかがニューイヤーの勝ちをすべて左右するという問題ではない、というのはみんな分かっています。ただ、鎧坂哲哉も外国人区間を走りたいと言って入ってきて、それを楽しめればいいですが、実際には1分以上のハンディキャップになっていたのは確かだし、駅伝は流れもあるので……。その意味ではハンディキャップがなくなれば勝てる可能性が高くなるということだし、選手自身も練習で彼らから学べることがある。その点では、かなりの選手は外国人選手の入部を肯定的に考えていると思う」

 坂本常務がこう話すように、選手自身も外国人選手の加入を意識し、それをモチベーションにもしていた。

 リオデジャネイロ五輪マラソン代表の佐々木悟は「去年の11月の九州実業団でMHPS長崎に負けたあと、主将の丸山文裕が声をかけて選手だけのミーティングをやりました。そこで最年長の足立知弥が『来年外国人選手が入ってくるようになれば、今回(ニューイヤー駅伝)が日本人だけで走る最後の駅伝になるかもしれない。だから優勝を狙ってしっかりやろう』と話をしました。スタッフも目標順位は口にしなかったし、自分も正直優勝までは厳しいかなという思いもありましたが、選手の間ではやってやろうという気持ちになっていました」と言う。

 本番の3区からの追い上げは、そんな意識が生んだものだったと言える。

「『もしかしたら日本人だけで走るのは最後かもしれない』ということで選手たちの結束力も高まっただろうし、実際に勝ったことでスッキリしていると思います。勝てないから外国人を採ったのではなく、より強化するために採ったのだということを堂々と説明できますから」(坂本常務)

 以前から、ほかの実業団チームや大学に出向などでコーチを派遣し、自分たちが培った練習のノウハウを伝えることで日本長距離界のレベルアップに貢献している名門・旭化成。陸上部創部72年目の今年、新たな歴史の扉を開こうとしている。

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