「教育国債」反対の財政学者は借金ばかりを見るから間違える

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 先週の本コラムでは、5月10日に、自民党「教育再生本部の恒久的な教育財源確保に関する特命チーム (馳浩・前文部科学相・主査)」で話した高等教育などの拡充やその財源に「教育国債」発行をという主張を書いた。

 その主張は次の通りだ。(1)教育は投資である、しかも外部性があるので公的部門が行う価値がある、(2)投資は将来収益があるので借金によるべき、という極めてわかりやすいロジックから、教育は教育国債によるべきというものだ。

 だが財政学者の見解は違うようだ。

多くの財政学者が
「教育国債」に反対する理由

 5月10日の自民党の会合には、筆者とともに、財政学者の佐藤主光教授(一橋大)が呼ばれていた。財務省の財政制度審議会委員と内閣府の税制調査会委員を兼務している。両者を兼務している学者はそうは多くない。財政に関して、財務省に比較的近い考え方をもっている学者だと思われ、その意味で、いわゆる財政再建派の意見を聞けるいい機会だった。

 佐藤氏は、(1)の主張を認めていた。それはそうだろう、前回コラムでも紹介したOECDがまとめた教育の公的投資の費用対効果の調査では、日本では飛び抜けて大きいという資料を筆者は出していたので、それを否定することは困難だろう。ところが、(2)の主張がわからないといっていた。投資であるとしても、税で賄うべきというのが佐藤氏の考えだ。

 その理由として、同氏は、建設国債による公共事業と教育は異なると言っていた。

 筆者の主張は、建設国債による公共事業は物的投資、有形固定資産形成になるが、教育国債による教育投資は人的投資、無形固定資産となるので、両者を区別すべきでないということだ。今の財政法による制度では、有形固定資産の投資は建設国債発行という財源調達手段があるが、無形固定資産に対する国債発行という手段が明示的に法律に書かれていない。だから教育投資のための国債発行をしようとしたら、その規定を法律に創設という話になる。しかも、最近の経済学研究では、無形固定資産の形成は経済生産力基盤としての貢献が多いとも、前回のコラムで指摘した。

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