今年、日中国交正常化45周年を記念する日中文化交流イベントの一環として、日本の松山バレエ団は15回目となる中国公演のために今月訪中。代表作である「白毛女」のニューバージョンを披露する。

写真拡大

今年、日中国交正常化45周年を記念する日中文化交流イベントの一環として、日本の松山バレエ団は15回目となる中国公演のために今月訪中。代表作である「白毛女」のニューバージョンを披露する。東方網が伝えた。

【その他の写真】

松山バレエ団は、松山樹子さんと清水正夫さんが1948年1月に設立した日本で最も有名なバレエ団の一つ。松山バレエ団と「白毛女」の縁は52年にまで遡る。同年秋、清水さんは東京江東区のある会館で中国映画「白毛女」を鑑賞し深く感動。松山さんにも見るよう強く勧めた。二人は何度もこの映画を鑑賞し、バレエ化して日本の舞台で披露することにした。

「白毛女」をバレエ化することにしたものの、映画を見たことがあるだけで、何の資料もなかった。そのため、二人は中国戯劇家協会に手紙を書き、「白毛女」に関する資料がほしいと伝えた。

53年末、松山バレエ団は同会の田漢・主席の手紙を受け取った。その手紙には、歌劇版「白毛女」の脚本と楽譜、舞台劇の写真も入っていた。54年、東京の未来社が歌劇版「白毛女」の脚本と楽譜を刊行し、作曲家の林光がその楽譜を参考にして、バレエ版「白毛女」の音楽を制作した。

バレリーナの美しいプロポーションを披露し、バレエの特徴に合わせるため、松山さんは「喜児」のシルバーの特製衣装を準備した。そして、約2年の試行錯誤を経て、55年2月12日、バレエ版「白毛女」がついに東京日比谷公会堂で上演された。

清水さんは、「あの日はとても寒かったのに、大勢の人が見に来てくれて、補助席までいっぱいになった。ほとんどの観客が大学生か働いている若者だった」と振り返ると、松山さんも、「バレエ版『白毛女』の初上演の時のことは、はっきりと覚えている。観客の熱い思いが伝わって来て、ただひたすら踊った。カーテンコールの時、拍手が鳴りやまなかった。前の席に座っている観客が涙を流しているのが見えた。大声で泣く人もおり、舞台の上のバレリーナたちも胸がいっぱいになり、涙をながしてカーテンコールに応えた」と話す。

その後も松山バレエ団はバレエの発展と向上に力を入れており、日中両国の文化交流史に輝かしい功績を残してきた。

58年3月3日から5月1日まで、松山バレエ団のメンバー46人は、周恩来総理の招きで初めて中国を訪問し、2カ月にわたる公演を行った。その後、約50年間に中国で13回公演を行った。

今回で松山バレエ団の中国公演は15回目。「日中国交正常化45周年前夜祭」のイベントとして、ニューバージョンの「白毛女」の公演が3月4日と5日に東京松山バレエ団の練習場で行われた。「白毛女」はこれまでに4度リメイクされてきた。(提供/人民網日本語版・編集KN)