MACO

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 「恋愛」というものはいつの時代もポップソングにおける普遍的なテーマだが、Jポップが産業として成立した1990年代と2017年現在では、恋愛というものに対する世間の認識も大きく変わっている。「トレンディードラマで描かれる憧れの恋愛」と「それを盛り上げる甘く切ないラブソング」に多くの人が素直に感情移入していた時代は過ぎ去り、そういったものが陳腐な表現の代表例的に扱われるまでになった。生涯未婚率の上昇、恋人のいない若者の増加など、恋愛の相対的な重要度が下がっていることを思わせる事象も多数顕在化しつつある。

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 世間における恋愛の位置づけが変わっている中で、ラブソングにおいても恋愛の描き方の刷新が求められるのは当然のことである。「恋愛について歌っておけば共感を得られる」というような状況ではなくなった今の時代において、ラブソングには今まで以上に表現の独自性や必然性が求められるようになった。以前西野カナの<会いたくて 会いたくて 震える>というフレーズが話題となったが、実際に震える人がいるかどうかを面白おかしく語る前に我々が指摘するべきは「体が震えそうなくらい心が寂しさで冷たくなってしまった心情」や「携帯電話のバイブレーションこそが2人のつながりを示す証になるというコミュニケーションのあり方」をこの短い表現に落とし込んだ彼女の着眼点の巧みさのはずである。

 2014年にミニアルバム『23』でメジャーデビューしたMACOも、2010年代におけるラブソングの歌い手の一人だ。すでに「MACO×ACUVUE(R)」のキャンペーンCMソングとしてオンエアされている新曲「恋するヒトミ」の冒頭の歌詞は、<おはよう今日もあなたに恋しています>。ここから何かしらのオリジナリティを読み取ることは必ずしも簡単ではない。ただ、この曲が面白いのは、個人のミクロな体験についての歌詞がより俯瞰した立ち位置からのメッセージにつながっていくところである。

 「サビで、好きな人以外の人へ強く語りかけることは今までの自分の曲ではあまりなかったので、本当に何度も書き直しました」とは本人の弁だが、Bメロまでで展開される「引っ込み思案だった<私>の独白」は、サビに入ると<恋も悩み事も楽しもうよ この世界はあなた次第>と多くのリスナーに呼びかけていく言葉に変わっていく。1コーラスの中でのこの変化は歌の主人公の成長ともとれるし、少し見方を変えれば「歌の中の世界の描写(ストーリーテラーとしてのMACO)」と「MACO自身の宣言(実存としてのMACO)」がクロスしているとも解釈できる。この複層的な構造は、「どの曲でも登場人物が恋して悩んでいるだけ」というような揶揄を受けることもある昨今のラブソング像とは異なるものである。「あなたしか見えない!」という気持ちの発露にとどまらずに恋愛と向き合っている多くの人たちと連帯していくような視野の獲得は、個人のエピソードがすぐに多くの人に共有されて誰かを笑わせたり勇気づけたりする材料になるSNS時代の感覚ともマッチしているように思える。ラブソングの定番フォーマットをその時代ごとに更新することこそがラブソングを歌うミュージシャンにとって求められることであり、MACOは今作でその役割を立派に果たしていると言えるのではないだろうか。

 ちなみに、ここまでMACOの歌詞についてフォーカスしてきたが、彼女の魅力のコアは歌詞とボーカル、バックトラックの三位一体にこそある。ウェットになりすぎない声質と力みを感じさせない歌唱法は、ともすれば重たくなってしまいかねないストレートな歌詞を嫌みなく響かせることに大きく寄与している(このバランスは今作3曲目に収録のAI「Story」のカバーで特に生かされている)。また、「恋するヒトミ」ではオーケストラルなアレンジが<わたしたちは無敵>という力強いフレーズをさらに後押しし、さらに「二人は夢みるマーメイド」ではレゲエ調のサウンドで新境地を開拓している。これまでのアルバムでも様々な曲調にトライしてきているが、キラキラした歌詞をポップミュージックとして仕立てあげるこの方(およびそのチーム)の手腕は間違いなく確かなもの。7月にはキャリア最大規模となるパシフィコ横浜でのライブを控えているが、この先彼女がより大きな場所にマッチする楽曲を生み出す存在になっていくか注目したい。(レジー)