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 トランプ大統領の大統領令による不法移民の本国への送還は依然続いている。CNNの調査によると、トランプが大統領に就任してから4月末までに<54500人が強制送還>させられたという。その中には<前科のない23897人も含まれている>としている。

 オバマ大統領も2016年に<62062人を強制送還>し、その中で<24953人が前科を持っていなかった>。しかし、この数字は2016年の1年間の統計であり、一方のトランプのそれは僅か3か月という短い期間での送還者数である。(参照:「Vivelo Hoy」)

 トランプ大統領の不法移民追放の動きに反対して、真っ向から対決しているのがカリフォルニア州である。同州はトランプが政権に就くと、早速カリフォルニアの独立運動(Calexit)を起こしている。

 この独立運動は歴史的なものに起因するというよりも、ヒスパノ系移民を差別して追放しようとするトランプ大統領の政治姿勢に対抗する意思から生まれた独立運動である。

 カリフォルニア州の民主党ジェリー・ブラウン州知事が5月15日に移民の強制送還を阻止するために<1500万ドル(17億円)を用意>していることを発表した。移民が強制送還されることに対し法的サービスを強化するいうものである。同様に、ロサンゼルス市では<1000万ドル(11億300万円)>が同じ目的で予算として組まれたとしている。サンタ・クララ、サンフランシスコ、オークランドなどでも同様の目的で資金が用意されているという。(参照:「Viva Noticias」)

 このように、カリフォルニア州が強気に攻めて出られるのは、経済的にはGDPにおいて世界で6位に位置するだけの経済力を持っていることが挙げられる。独立できるだけの経済基盤はあると見ているからだ。(参照:「Debate」

 さらに、カリフォルニアは民主党の地盤で、今回の大統領選挙でも民主党候補のヒラリー・クリントンはカリフォルニアではトランプに300万票の差をつけて大勝しているのだ。

◆カリフォルニアが移民保護に熱心な理由

 そして、カリフォルニア州が移民の保護に熱心なのは、何も人道的な理由だけではない。<3900万人の人口の中で39%がヒスパニック>で占められており、彼らは同州の<労働人口の10%>を占め、GDPにおける<1300億ドル(14兆7000億円)が彼らの貢献によるもの>だからである。(参照:「Internacional」、「Univision」)

 民主党のケビン・デ・レオン州上院議長は<「トランプが不法移民の送還を執拗に主張するのであれば、カリフォルニア州は料理人、日雇い労働者、家事労働者、メード、それ以外の労働者らを保護する道義的務めがある。何故なら、カリフォルニア州が世界のGDPで6位にあることの重要な基盤に彼らも協力して来たからである」>と述べた。(参照:「Univision」)

◆強制送還後残された家族への経済的支援も

 カリフォルニア州は移民を保護する目的で10項目に亘る法律も制定した。その中には、同州の移民を含め<全ての住民が医療サービスを受けられる>ことや、<移民を不等に雇用する企業を罰する>ことなどが謳われている。また、<未成年の移民者が送還されることのないように関係当局への通報に備えて充分な情報を提供する>ことや、青年の<特別移民ビザを通して出来るだけ多くの若者が人道的支援を受けられるようにする>こと。<不当に前金を要求する移民弁護士から守るための電話も用意している>。この一連の移民保護法は移民を追放しようとしているトランプが大統領に就任する前に彼らを保護する目的で急きょ議会で承認されたのである。(参照:「Univision」)

 また、不法移民の家族のメンバーが送還された場合に残された家族への法的並びに経済的支援も資産ファンドミッション(MAF)として同州で提供しているという。送還に立ち向かわねばならなくなった場合には<1500ドルまで一時的に資金の融通>を受けることができるようになっているという。(参照:「Vivelo Hoy」)

 5月14日に、クリントン元大統領はホーバト&ウイリアム・スミス・カレッジでの演説で移民への全面的支援を表明し、複数の人種で構成された国の重要性を強調したそうだ。演説の中で、<「彼ら移民」と「我々」>という差別した移民政策を批判し、<「多種の人種が存在している方がより良い決定が下せる」>と述べた。(参照:「Viva Noticias」

 カリフォルニア州は今年1月から州の司法長官にヒスパニックのハビエル・ベセッラが就任している。ワシントン政府からの法的圧力にも司法省からの抵抗が可能になっている。(参照:「Diario Los Americas」)

<文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。