川端由美の「CYBER CARPEDIA」



進化はネクストフェーズへと移った。これからは走りではなく、電脳化こそが自動車の未来を決める鍵となる。2020年の“自動車の常識”をモータージャーナリストの川端由美が現場から解説する。

THIS MONTH’S CYBER CARPEDIA

AstonMartin New Factory in Gaydon

アストンマーティンの新たな拠点として、2007年にオープンしたゲイドン工場。ロンドンから1時間半ほど走った田園風景の中に、突如、大理石のファサードが美しい本社工場が現れる。『DB9』を皮切りに、近代のアストンマーティンは、全てここから世に送り出される。

ジェームズ・ボンド御用達英国生粋のスポーツカー



アストンマーティンと聞けば、すぐに映画『007』に登場する”ボンドカー”が頭に浮かぶ。ジェームズ・ボンドが操る妖艶なスポーツカーは、時には敵とカーチェイスをこなし、時には武器を発射し、そして時にはボンドガールをデートに連れ出す。 最近では、F1で名を馳せるレッドブルとの手を組んだ約3億のハイパーカーも話題だ。



▲F1でその名を馳せるレッドブルとレーシングカー設計の天才エイドリアン・ニューウェイ、英国伝統のスーパー・スポーツカー・メーカであるアストンマーティンとそのデザイン部門を率いる鬼才マレック・ライヒマが手を組むことで生まれた究極のロードゴーイングカー『AM-RB 001』。約3億円で、世界限定150台のみが生産される。すでに、600人を超える申し込みが殺到している。

そんな”男の夢”を形にしたスーパー・スポーツカーを生み出す英国の老舗スポーツカー・メーカーとは、いったいどんな会社なのだろうか? その疑問に応える最善の場所、ロンドンから1時間ほど北西に走ったワーウィックシャー・ゲイドンにあるアストンマーティンの本社を訪ねた。

これぞ、英国といった雰囲気の長閑な田園風景を抜けると、突如、美術館のような近代的な建物が目に飛び込む。1913年の創業当初は、イギリスの小さな村アストンに、ライオネル・マーティンによって設立された生粋のレーシングカー・メーカーであった。戦後に中興の祖であるデイビッド・ブラウン氏の手に渡った後、こだわりのクルマ作りが加速した。103年の歴史において生産された累計台数は約8万台に過ぎない。創業から10年余りのテスラ・モーターズが年産8万台なのと比べると、いかに希少かがわかる。

幸いCEOのアンディ・パーマー氏にインタビューがかなった。アストンマーティンについて訊くにあたって、この人以上の適任者はないだろう。

「私たちのプロダクトをひと言で表現すると、”Beautiful”であり、アストンマーティンにおける企業哲学は”Love of Beauty”です。”Love”をあえて説明するなら、『心の中心から湧く何か』であり、情熱や愛といった言葉が近いでしょう。スタイリングやインテリアはもちろん、速さや最新技術、そして生産ラインにまで”美しさ”が宿ると考えています」

自動運転について尋ねると、「決して、ハンドルのないアストンマーティンは作りません。実用車ではなく、現実から逃れるためにハンドルを握るスポーツカーなのですから」と明確な答えが返ってきた。年産わずか7500台、従業員数2000人という、ごく小さな企業だが、スポーツカー作りにかける情熱と愛は比類ない。



▲完全な自動運転を否定する一方で、『DB11』からは、最新のHMIが搭載される。メルセデス・ベンツAMGとの協業により開発されているが、ユーザー体験を提供する部分ではアストンマーティン独自の設計がなされている。

残存率90%以上!歴史を重視する英国車魂



生産ラインにすら”美しさ”が宿るという言葉に惹かれて、本社に隣接するファクトリーに足を踏み込んでみた。工場に入る前に、戦前のレーシングカーから最新の『DB11』まで、歴史をおさらいするかのように歴代モデルが並ぶ展示スペースを通る。



▲戦前のレーシングカーから、映画『007 ゴールドフィンガー』に登場した名車『DB5』、フォード傘下でモダーンに生まれ変わった『DB7』、本拠地をゲイドンに移して初のモデルとなった『DB9』と、歴史を彩る名車がずらりと並ぶ。

最大の驚きは、一般の自動車の工場とは違って、たくさんの人が働いていることだ。高品質のレザーのなかでも、傷のない選りすぐりの部分をカットして、シートやハンドルの形に縫い上げ、ステッチを施すなど、クラフトマンシップに則った丁寧な作業が行われている。一方で、レーザーで型紙を最適に配置し、カットし、英国らしいダイヤモンド・キルトを大型のコンポーネンツに施すなど、最新鋭のマシンも導入されている。伝統的な技法と現代のテクノロジーが融合しているのも特徴的だ。



▲シートのような大型コンポーネンツに加えて、ドアトリムやヘッドレストなど、各種コンポーネンツごとに丁寧に手縫いされる。ミシンの工程は、女性の姿が多い。

ボディカラー、パネル、シート、ステッチ、カーペット、シートベルトなど、全てのパーツが幅広い選択肢から選べることもあって、どのクルマも個別のオーダーに従って作られている。1台のクルマが工場を出るまでに掛かる時間は、約220時間。一般的な量販車が24~30時間で作られるのと比べると、どれほど手間がかかっているかがわかるだろう。オールアルミ製という、扱いが難しい素材を使っているにもかかわらず、美しいボディに仕上がるのは、1つ1つの工程で妥協のない作業を経ているからこそだ。



▲長時間の組付け工程を経て、最後の塗装や機能のチェックを受けたのち、ファイナルアッセンブリーの最後にアストンマーティンの象徴であるエンブレムを付ける。エジプト産のコガネムシである“スカラベ”をモチーフにした、左右に羽を広げたデザインである。

もう一か所、アストンマーティンの歴史を語る上で重要な場所がニューポート・パグネルだ。真新しいショールームの背後に、昔ながらのれんが作りのデイビッド・ブラウン時代の工場が残っており、現在はレストレーションを受け付けるアストンマーティン・ワークスが控える。名車『DB5』や近代のスポーツモデルはもちろん、鋼管製シャシーにW・O・ベントレーの手になる名エンジンを積んだ『DB2』のような希少モデルまでもが、美しく再生される時を今か今かと待っている。



▲ニューポート・パグネルにあるアストンマーティン・ワークスでは、すべでのアストンマーティン車の補修とレストレーションを引き受けている。残存率90%以上を誇るだけあって、数台しか生産されていない歴史的なモデルが入庫するシーンも垣間見れる。

実は、世に送り出されたアストンマーティンの90%以上が、現存している。その意味するところは、いつの時代もアストンマーティンには価値があり、誰もこの美しいクルマをスクラップしようなどと思わないからだ。



▲アストンマーティンは、塗装の仕上がりにこだわっており、アルミの地肌の品質を管理することに加えて、通常は4層のところを、5層の塗装を施し、さらに磨きをかける。そして、工程の間に明るい光のトンネルの中で最終に品質チェックを行う。

ボンドカーを超える迫力新モデル『DB11』



実のところ、アストンマーティンは3年前に100周年を迎えたことをきかっけに、新世代へと歩みだすと宣言している。そして今回、世に送り出された『DB11』がその第一弾となる。早速、その出来栄えを味わってみよう。クリスタル製のキーに変わって、キーレスエントリーになったことに賛否があるが、利便性がアップデートされるのは当然の流れだ。スタートボタンを押すと、フロントに積まれる5・2リッターツインターボ付きV12ユニットが低い唸り声と共に目覚める。

美しいカントリー・ロードに向かって、ステアリング・ホイールを切る。新設計された”ダウンサイズ”エンジンだが、過給によって、最高出力608ps/最大トルク700Nmの大出力を発揮する。アクセルペダルに載せた右足に力を入れると、エンジン回転数の高まりとともに官能的なエキゾーストノートが響き渡る。

最大の驚きは、伝統的な自然吸気エンジンに対して、ターボによる過給エンジンで不利とされる遅れ、いわゆる”ターボラグ”をほとんど感じない点だ。あいにく、停止から時速100キロまでをわずか3・9秒で加速するパフォーマンスを試すステージはなかったが、発進時にデリバリーされる圧倒的なトルクの厚みから、その俊足ぶりが想像できる。



▲新世代アストンマーティンの第一歩となる『DB11』は、新開発のツインターボ5.2LV12エンジンをフロントに搭載し、608ps/700Nmの大出力を発揮する。停止から100/hまでに要する時間は、わずか3.9秒という瞬速ぶりを発揮する。デイビッド・ブラウンにちなんだシリーズ名『DB』のなかでも、過去最強とされるスペックを誇る。

典型的な英国の曲がりくねった田舎道を走るシーンでは、剛性感の高いボディで大トルクを受け止め、思いの外、身軽に鼻先を曲げていく。オールアルミ製シャシーを早い段階で採用し、『DB11』からはさらに進化させたプラットフォームに刷新した。町中での乗り心地が意外なほど良かったのは、この最新シャシーの副次的な効果だ。同時に室内空間も拡大している。

シェイクスピアの故郷の町に入り、美しい川沿いの道にクルマを寄せる。1:2の黄金比を守りながら、アストンマーティンらしい個性を放つ。従来の遺伝子を継承しつつ、新世代の幕開けにふさわしいモダーンな流麗さと力強さを兼ね備えている。

一生に一度、触れることがあるかないかというほど、非日常的なスーパー・スポーツカーだが、思いの外、日常での快適性も重視されている。それが英国流のスーパー・スポーツカーであり、アストンマーティンの真骨頂だ。



▲ちなみに現在手に入れることができるアストンマーティンが4車種、『ヴァンテッジ』、『ヴァンキッシュ・ザガート』、『ラピードS』、3億円もするのに速攻で完売した『AM-RB001』、そして最新の『DB11』がファクトリーにはずらりと並んでいた。

文/川端由美

かわばたゆみ/自動車評論家・環境ジャーナリスト。自動車の環境問題と新技術を中心に執筆するほか、海外の展示会取材も積極的に行なう。 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

※『デジモノステーション』2017年3月号より抜粋

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