東出昌大、お仕置きタイムに「待ってました」の声 『あなそれ』三者三様の“お天道さま”

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 “お天道様の罰が当たった(^O^)”

参考:『あなそれ』が描く、“幸せ”に翻弄される現代人の闇 波瑠と東出昌大が信じる“運命”の愚かさ

 妻の美都(波瑠)に不倫をされたと知っても、これまで感情を押し殺してきた夫の涼太(東出昌大)が、ついに宣戦布告とばかりにメッセージを送りつけた。「お天道様が怒ったらどうなるの?」と聞いた同僚の小田原真吾(山崎育三郎)に「雷でも落とすんじゃない?」と答えていた涼太が、メッセージと共に添えた写真は、暗雲を切り裂くような稲光り。文末の絵文字は、涼太の張り付いた笑顔そのものだ。

 美都の脳内お花畑が繰り広げられた第4話までの雰囲気とはうって変わり、第5話は徐々にW不倫の影の部分が見えてくる展開だった。涼太に不倫がバレたと知った美都は、想いを寄せる有島(鈴木伸之)にますます固執し、妻・麗華(仲里依紗)を訪ねるほどに。慌てた有島が美都に「ルール違反だ」と連絡をする場面は、そもそも結婚のルールを逸脱したふたりにとって、なんとも皮肉なやりとりだ。

 美都にとっては“運命の恋”という甘い響き、有島にとっては“女遊びの趣味”という息抜き、それぞれ家庭では得られないものを満たそうとしていたふたりが、たがいの配偶者から徐々に追い込まれていく。ヤキモキしていた視聴者からは、このお仕置きタイムに「待ってました」、「涼太、もっとやれ」という声も多く聞こえた。これほど、主人公がピンチを迎えて盛り上がるドラマも珍しい。

 第5話のキーワードは“お天道様”だ。第1話で「お天道様は見てます」と言った美都に「この人は心の中にちゃんとしたものを持っているんだな」と特別な感情を持った涼太。その話を聞いた小田原は、美都の不倫現場を思い出し「お天道様は夜は見てないからな」と意味深な言葉を返すのだった。だが、この会話からは、同じ言葉を使っていながらも、三者三様の“お天道様”がいるように思えたのだ。

 一般的に“幸せ”と言われているものを求める涼太にとっての“お天道様”は良心に近い。道徳的なルールを自分の中に設け、感情的にならず善人であろうとすること。だから、美都の携帯電話を盗み見る自分を“浅ましい”と自粛した。良心に従って、我慢をすれば、きっと良い方向に向かうはず。いや、そうでなければ困る。悪人には罰が当たらなければ、善人であろうとする自分が報われない。そんな自分を守るために、自ら美都に罰を与えることにした涼太。自分が怒っているのに、“お天道様”が怒っていることを意味する稲妻を出してくるのは、まだどこかで感情的な行動を慎みたいという葛藤があるからだろう。本当は笑顔をキープし、美都が自ら良心の呵責を感じて、幸せを再構築したかった。だが、その願いもむなしく、作り笑顔は張り付いたまま。狂気はいつもジレンマから生まれるのだ。

 一方、美都の“お天道様”は、運命に似た物事の必然性をイメージしているように思う。恋におちることも、悪いことが起きるのも、なるべくしてなっていると。だから、自分が有島を好きになってしまうのも、運命の恋だから抗えないと罪悪感なく突き進んだのではないか。「お天道様は見てます」のあとに子供じみた呪いをかけるあたり、自分で問題を解決するのではなく、どこか他力本願な性格を伺わせる。「選んだのは人じゃない、自分の幸せを選んだ」とは、美都の母親・悦子(麻生祐未)の言葉。そう言われても、いまいち腑に落ちていない表情を浮かばせたのも、自分で何かを選んだという意識がないからではないか。美都の問題点は、自分が選択したという責任を、いつも運命や誰かのせいにしている部分に思える。

 そして、小田原のいう“お天道様”は、他人の目を想像させた。誰かに見られているという意識が、行動を抑制させるものだ。「お天道様は夜は見てない」とは、夜は物理的に暗くなり、周囲がよく見えなくなる。どこから見られているのかわからない。だが、自分が見えていなければ、見られていないはず。やましいことをしているときこそ、そう思い込みたくなる。そこで、人は油断する。涼太がアップするSNSも、美都の不倫の現場も、常に一歩引いて見ている小田原。自分の行動は、常に誰かに見られているもの。そして、傍観者は直接言われなくとも何かを思うものであることを思い出させる。

 良心か、必然か、他人の目か。自分の行動を決める“お天道様”は、どれかが欠けても難しいのかもしれない。私たちはいつも、そのバランスを取って選択をしているのだから。予告映像を見るに、第6話はまさに泥沼。登場人物たちの理性が崩壊していく中にも、“お天道様”を忘れずにいてほしいものだ。(佐藤結衣)