海外でひそかに注目集める「ニッポンの第三の性」とは? 消滅した自由な性愛文化に脚光

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 江戸の風俗や景色をダイナミックに描いた江戸時代のアート「浮世絵」は国内外で高い評価を得ている。そして、官能的な日常風景や日常を超越したファンタジーを表現した浮世絵の一種「春画」もまた海外でコアなファンを獲得している。

 海外での春画ブームが日本に逆輸入される形で一昨年、日本において初の「春画展」が開催されたが、その熱気たるや想像以上だった。某週刊誌での掲載が物議をかもしながらも、入場制限まで設けられるほどの混雑ぶりを筆者も目の当たりにした。

 江戸の恋愛・性愛事情は、男女関係をイメージする方が多いかもしれないが、歌川国貞や、柳川重信といった浮世絵師たちは、男性同士の性愛や恋愛模様を描いた作品を残している。今、浮世絵を通じ、海外でひそかな注目を集めているのが「若衆」という美しい少年の存在である。

◆ニューヨークで「若衆」の存在を描いた浮世絵展が開催中
 現在、米ニューヨークの「ジャパン・ソサエティー(JS)・ギャラリー」において、江戸時代における「若衆」と呼ばれる少年を描いた浮世絵などを紹介する展覧会「第三のジェンダー:浮世絵に描かれた若衆」が開かれ、米紙ニューヨーク・タイムズや英紙フィナンシャル・タイムズで紹介されている。

 昨年は、カナダのロイヤルオンタリオ博物館でも展示され、大きな話題を呼んだという若衆の浮世絵。日本において、あまりなじみのない「若衆」の存在であるが、彼らは元服前の若い少年を指す。男色を相手にする少年を意味することもある。

 ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)では、若衆の中性的で魅惑的な美しさに着目。一見、少女のようにも見える少年時代限定の髪型や衣装、そしてその未熟で刹那的な麗しさが成人男性・女性の性的対象となったという点を説明している。

 ムック本『江戸の性愛絵巻』(ブレインハウス)によれば、江戸時代には男性同士の「男色」が現代から見ると意外なほどに世間一般に受け入れられていたという。

 本郷の湯島天神門前町や日本橋の芳町において、「若衆」と呼ばれた若い歌舞伎役者が生活のために高額な料金で客をとっていた記録も残っているようだ。

 男色に関する文献については、明治時代に入ってから弾圧、隠ぺいされ、多くが失われ、いまだに解明できないことが多いというが、NYTでは、大きな戦乱がなく海外との交易を限定することで築かれた固有の性愛文化が、明治時代に入り、「西洋化」のもとに消滅していった点に言及している。

 さらに、浮世絵が描かれていた時期、ヨーロッパの芸術界では古代神話や気高い史実に縛られていたころであり、日常生活の束の間の喜びと歴史の両者を記録した点で、フランスの「印象派」を先取りしていたのでは……とも批評している。

 とはいえ、「若衆」の存在が春画のように現代日本で受け入れられるかといえば、未成年の少年が自らの性を金銭で売っていたという面も含むため、非常に繊細な問題ともいえる。

◆奔放で多様な性的欲求が日常に溶け込んでいた江戸文化
 江戸時代は、顕著な階級社会だったとはいえ、現代でいうところの「性的マイノリティ」が日常生活に溶け込んでいたという点は、注目すべき点であろう。

 NYTによれば、今回の展示は若衆の「流動的な性別」というより、「性」について扱っているゆえに、タイムリーなのだという。

 現代、自分が所属する社会の寛容度によって、どんな性的アイデンティティに属しているか、どのトイレを使用するか、どの代名詞や一人称を用いるかについて話し合うことができるようになりつつあるが、それらは、さほど新しいことではないのだということを今回の展示が示している、と批評している。

 人とは異なる性的趣向のタブー視は、孤立や抑圧を生み出す。そして、ますます「アンタッチャブル」な存在として扱われることもあるだろう。江戸文化において、様々な性的趣向が共存していた点については、2017年の日本に生きる我々にとっても興味深いものだといえるだろう。

画像:Suzuki Harunobu (1725-1770), Two Lovers Playing a Single Shamisen,1766-1769.Color woodblock print. Royal Ontario Museum, 926.18.120, Sir Edmund Walker Collection. Courtesy of the Royal Ontario Museum, ©ROM