呂比須監督は会見で「新しいチャンスをいただいて光栄」と語った。写真:大中祐二

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 縁が、このタイミングで地球の裏側から彼を呼び寄せた。
 
 15日、聖籠町のクラブハウスで行なわれた就任会見で、元日本代表FWの呂比須ワグナー新監督は、「新しいチャンスをいただいて光栄。ブラジルに戻って、ブラジルで(指導者として)頑張ってきて、これからも頑張るつもりだったが、チャンスも待っていた。フロント、スタッフ、選手、サポーターがまとまれば、結果は付いてくる。ベストを尽くして、みなさんに喜んでいただきたい」と日本語で挨拶した。
 
 会見で新監督が明らかにした新潟の“引力”。それは現役時代にさかのぼる。「選手の頃から、反町さんと仲が良くて、実際、新潟の監督をしている時にはオファーもいただいた。ただ膝が悪くて、自分はそこで現役を引退したのだけれど」。
 
 新潟をJ1へ引き上げた反町康治監督(現・松本監督)とは、1997年シーズン、ベルマーレ平塚でチームメートという間柄だ。呂比須監督は2002年限りで現役を引退したが、当時の新潟は反町監督のもと、J1昇格の機運が一気に加速していた頃だ。
 
 さらに「奥さんの親戚が新潟にいることもあって、ずっと注目していたし、応援もしていた」。意中のクラブからのオファーは、まさに願ってもないものだったろう。
 
 だが、バトンを受け取る状況は極めて厳しい。三浦文丈監督を新たに迎えてスタートした今季、アルビレックス新潟は大きな危機に直面している。11節終了時点で1勝2分8敗の勝点5で、最下位に沈む。
 
 10節を終えた段階で、クラブは三浦監督の休養を発表。片渕浩一郎コーチが暫定的に指揮を執ったルヴァンカップのC大阪戦(0-1)の翌日、11日に三浦監督の辞任と呂比須監督と、サンドロコーチの就任内定を発表した。
 
 現状打破へ。タフなミッションは、初代監督のオランダ人フランツ・ファン・バルコム氏(前身のアルビレオ新潟時代の1994年から1997年まで指揮)以来となる外国出身監督に託された。
 
 会見に同席した中野幸夫社長は、その理由を次のように説明した。
 
「今、チームが置かれている位置、現状を理解してくれること。監督としての経験。今、チームにいる選手の良さを最大限に引き出すこと」
 3つの条件を満たす存在として大役を引き受けた呂比須監督は、会見前日の11節・浦和戦を視察。開始3分で先制しながら、前半のうちに5失点し、結局1-6で惨敗したホームゲームで、3万人を越えるサポーターが最後までチャントを歌い続け、応援する光景に、「サッカーに携わって34年になるが、初めての光景。感動した」と、改めてその声援に結果で応える覚悟を強めたようだ。
 
 浦和戦を視察して見えたチームの問題点については、「これまでのトレーニングを私は知らないので、何か言うのは難しい」とした上で、「リーグ戦11試合、すべてインターネットで見ている。簡単な失点、同じような失点をするのは、集中力にひとつの問題があるのでは」と指摘した。
 
 4日間の練習で初戦のホーム、12節・札幌戦を迎える。「短いですね(笑)。でもブラジルではシーズン途中で監督になって、一度も練習せずに、会見翌日、選手の名前も覚えていないのに試合をやったこともあった。当然負けたし、練習しなければ勝てないということを学んだ(笑)」。
 
 呂比須監督自身が新潟のイメージとして持っているという、堅守と速いカウンターを取り戻すために、システム変更も視野に入れている。
 
 実際、最初のトレーニングセッションとなった会見翌日の午前練習では、これまでの4-4-2ではなく、4-2-3-1を想定したボールトレーニングを実施。「(降格の)リスクがないのは勝点38か39。残り23試合で12勝するのは簡単ではないが、頑張りたい」という新指揮官に率いられ、チームのリスタートが切られた。
 
取材・文:大中祐二(ライター)