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川端由美の「CYBER CARPEDIA」



進化はネクストフェーズへと移った。これからは走りではなく、電脳化こそが自動車の未来を決める鍵となる。2020年の“自動車の常識”をモータージャーナリストの川端由美が現場から解説する。

THIS MONTH’S CYBER CARPEDIA

Volkswagen Sedric



フォルクスワーゲン・グループ初の完全自動運転の機能を搭載したEVのコンセプト「Sedric」は、四角四面なスタイリングにLEDランプがまるで笑顔のような表情を作り出す。必要に応じてOLEDスクリーンが半透明になって、外が見える。ハンドルやペダル類はなく、音声で操作する。

2025年までに300万台のEVを生産



世間を騒がせたディーゼル問題から一年以上が過ぎ、フォルクスワーゲンはどう変わったのだろうか? 一番の驚きは、昨年秋のパリ・モーターショーにて、2025年までには300万台のEVを販売すると宣言したことだ。「i・D」という名の次世代EVのコンセプトカーは、EV専用プラットフォームを採用し、さらにクルマがインターネットに自在につながるコネクティビティを搭載する予定だ。



▲次世代電動モビリティのコンセプト「i.D」。家庭で充電できる他、急速充電にも対応し、一回の充電で走れる距離は約400辧丙蚤臾600辧砲函▲謄好蕕亮\ぢ絅皀妊襪任△襦屮皀妊3」をライバル視した設定だ。リチウムイオン電池の上に座るような構造を採り、室内はひとクラス上のセダン並み。

実際、ヨーロッパではCO2排出量を減らす法律の整備が進み、同時にEVやPHVといった電気モーターで走るクルマに関する補助金が強化されている。とはいえ、EVを300万台販売するというのは、なかなか意欲的な目標だ。ただ、フォルクスワーゲンにも当然目論見があって、深刻な大気汚染が広がる中国の大都市を中心に、大量の電動モビリティを販売する方針だ。

「i・D」は、トヨタ車でいえば、「アクア」ほどの大きさだが、室内はひとクラス上のセダン並みの広さだ。価格帯は、「ゴルフ」の上級モデルほどに抑えられる予定なのも魅力のひとつだ。最大の魅力は、ユーザーエクスべリエンスを重視したデジタル化にある。フォルクスワーゲンの社長を務めるヘルベルト・ディース氏は、このコンセプトカーを「スマート・デバイス・オン・ザ・ホイール(=車輪の上のスマート・デバイス)」と呼んでいた。近い将来、”スマホの上に乗る”時代がやってくるのだ。

いささか、時計の針を戻すことになるが、フォルクスワーゲンの元祖ピープルムーバである「ビートル」は、シンプルで耐久性に優れており、手の届きやすい価格であることが評価された。その後を継いだ「ゴルフ」は、世界各地で顧客からの適正な価値を認められる、いわゆるカスタマー・バリューの高さで定評があった。そうしたフォルクスワーゲンの歴史を受け継ぐべく、「i・D」に求められる最大の価値は、UX(=ユーザー・エクスペリエンス)である。例えば、デジタルキーの搭載によって、停車中のクルマに宅配便を届けてもらうことができる。自動運転によって、渋滞の中でもメールチェックができたり、家族と一緒に楽しい時間が過ごせるようになるという。



▲スライド式のドアを左右に開く「i.D」の室内。フロア下に電池を内包して、強度を高める構造ゆえに、ピラーレスで乗り降りしやしそうな空間が広がる。



▲「i.D」同様、左右のスライド式ドアを開くと、広々として開放的な「Sedric」の室内。右奥に座るのは、グループ全体を率いるミュラー会長。その手前が、40代の若さでチーフ・デジタル・オフィサーを務めるJJこと、ヨハン・ユングビルト氏。

ガラスの工房で生み出される次世代モビリティ



「i・D」が2025年を見据えた電動モビリティのコンセプトであるのに対し、今すぐそこにある未来が「eゴルフ」だ。ちょうどこの春、第2世代へと進化したばかり。一回の充電で走れる距離を、従来の約190劼ら約300劼悗反ばしたことにより、日常的な使い方であれば、

“電欠”する心配がなくなった。



▲スイス・ジュネーブで開催されたモーターショーで発表された新型「eゴルフ」は、一回の充電で走れる距離を約190劼ら約300劼悗髪篦垢掘⊆騨兩を増している。ドイツ国内での価格は3万5900ユーロ(約430万円)。日本にも年内に上陸予定だ。



▲「eゴルフ」のパワートレインでは、電気モーターの上にコントロール・ユニットが組み合わされている。従来の内燃機関と比べて、非常にシンプルだ。オレンジ色のパワーケーブルは、高圧であることを示している。

「eゴルフ」が作られるのは、旧東ドイツにはドレスデンにある“世界で最も美しい工場”と評されるガラスの工房だ。2001年にフォルクスワーゲンのハイエンドを担う高級車「フェートン」の組み立てラインとして開設された当時、画期的だと感じたガラス張りの建物は、15年以上が過ぎた今もなお、タイムレスな魅力を放つ。



▲ドレスデンのガラス張りの工房に展示されていた各世代の「ゴルフ」をベースにした電動モビリティの歴史。先頭は、初代「ゴルフ」をベースにした「エレクトロ・ゴルフ」である。当時、一回の充電で走れる距離はわずか50劼鵬瓩なかった。

2000万ユーロの投資をして「eゴルフ」の組み立てのためにアップデートされており、エントランスには欧州、アメリカ、日本といった各国の充電方式に対応する充電ステーションや、ソーラー発電が新設されている。工場内に足を踏み入れると、天然光が入る明るい室内に、ウッドパネルのフロアが張り巡らせており、おおよそ工場とは思えない自然な雰囲気である。よく見れば、コンベア式でゆったりとした速度で動いている。車台の上に積まれたプラットフォームが移動してくると、作業が始まり、パーツが組み上げられて行く。組み立て作業しやすい高さに上下するなど、作業のしすさにも配慮されている。

人の手による作業を重視し、生産ラインにはわずか2台しかロボットが設置されていない。1日に作る「eゴルフ」は35台とゆっくりとしたペースだが、あえて人の手でくみ上げることにより、EVへの不安を払拭する狙いがある。ガラス張りの工房ゆえに、見学者は人の手で作る過程を目の当たりにすることができるからだ。



▲ガラス張りの工房を名乗るだけあって、外観がもちろん、室内も透明なガラスで仕切られている。そのため、建物の中のあちこちから、生産ラインが見渡せるようになっており、クルマが組み上げられるところを見学できる仕組みだ。

すでにノルウェーでは、市販車の約30%がEVである。新型「eゴルフ」のように一回の充電で走れる距離が伸びて利便性が高まれば、アメリカやドイツのような移動距離の長い国々でもEVの普及が進むだろう。

2025年までに約300万台のEVを販売することは、一見すると意欲的な数字に見えるが、あながちウソとはいえない。そんな時代になっているのだ。



▲取材した日は、「eゴルフ」の生産開始を控えて、試験的に生産設備を稼働させて、最終的なチェックをしていた。フロアは天然のウッドが敷かれており、自然光を取り入れた優しい照明で、無機質な工場という雰囲気はない。

変化する時代における企業のイノヴェーション力



アメリカでのディーゼル不正問題の後、フォルクスワーゲンは大きな変革を起こしている。2016年の業績を発表した年次会見では、組織や仕組みまで変えようとしていると感じた。

「ロシアや中国といった重要な市場が厳しい経済環境にありましたが、1030万台を販売し、128億ユーロもの経常利益を得ました。アウディが年間190万台と販売記録を更新し、ポルシェは世界で最も利益が高い自動車メーカーとなりました」と、会長のミュラー氏は言う。



▲2016年の決算を終えて、本拠地であるドイツ・ウォルフスブルクにて年次会見が開催された。アウディ、ポルシェなど、傘下に収められたブランドのトップも参加し、2016年の決算を発表するだけではなく、2025年に向けた将来戦略も発表された。中央に座るのは、グループ全体の会長であるマティアス・ミュラー氏。



▲その右に座るのが、フォルクスワーゲン・ブランドを率いるヘルベルト・ディース氏。

次世代に向けた投資にも積極的で、デジタル化のために5億ユーロもの投資を実施し、配車アプリやシェアリングのサービスを展開する「MOIA」を立ち上げ、今後は自動車メーカーであることにこだわらず、サービサーへと発展するという。世界最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンが、クルマ作りだけではなく、クルマの利用でビジネスを展開すると宣言したことに重みがある。

今後、自動車ビジネスの中心を変化させることを意味している。“イノベーション力”を強化し、将来の投資に向けて必要なものを創り出していく。そのためには、顧客の立場に立って考え、「UX」を重視した開発を行うというのだ。

具体的には、世界37カ所にコンペテンシー・センターを設置し、シリコンバレーをはじめ、各地にデジタル・ラボを設置する。自動車のあらゆる側面におけるクリエイティビティを高めるべく、デジタルマインドを変化させて行く。そのためには、傘下にある各ブランドごとに「チーフ・デジタル・オフィサー」を置くという。そのうちのひとり、フォルクスワーゲンのCDOを務める、ヨハン・ユングビルト氏によれば、「デジタル化によって、クルマが高度になる反面、人に寄り添うことになり、より使いやすくできます」という。



▲iDのような次世代モビリティの開発をすすめることに加えて、インド大手のタタ、中国地場系JACなどの自動車メーカーと提携を強化する。さらに、商用車、AIコンピューティング企業として躍進中のNVIDIAや、ドローンとの協業など、全方位でモビリティに関する開発を進める方針だ。

フォルクスワーゲン・グループとして、2020年までのデジタル化のロードマップを策定し、研究開発のみならず、営業部門まで含めたデジタル化を推進する。人材の登用だけではなく、組織をより柔軟にし、変化に素早く対応できる体制を整えることで、変化に耐えられる俊敏さを身につけることは、企業の“イノベーション力”を高めることにつながるのだ。

文/川端由美

かわばたゆみ/自動車評論家・環境ジャーナリスト。自動車の環境問題と新技術を中心に執筆するほか、海外の展示会取材も積極的に行なう。 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

※『デジモノステーション』2017年6月号より抜粋

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