メキシコ・ハラパでAFPの取材に応じるノエ・サバレタさん(2017年4月4日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】殺害された同僚の死を悼むメキシコ人記者のノエ・サバレタさん(36)。自らも幾度となく殺人の脅迫を受けているが、記者の仕事をやめる気はない。

 紛争地を除けば、メキシコはジャーナリストにとって最も危険な国だ。だがサバレタさんが記者をやめるには、腐敗や暴力など、報じるべきニュースがあまりにも多すぎる

「同僚の埋葬もしたし、他の仲間たちが国を去っていくのも見てきた。だが、それ(脅し)が自分に向けられるとやっぱりパニックになる」と、彼は出身地の東部ベラクルス(Veracruz)州の州都ハラパ(Xalapa)で語った。

 メキシコのその他大勢のジャーナリストと同様に、彼も組織犯罪について報じているため、これまでに何度も脅迫を受けてきた。それでも、調査報道週刊誌「プロセソ(Proceso)」に、政治家と組織犯罪の関係、汚職、集団墓地について記事を書くことをやめることはない。

 サバレタさんは2012年に殺害された記者の後任としてプロセソに入った。その時、以降に待ち受けるものへの覚悟はできていた。彼の前任者のレッジーナ・マルチネスさんは、ベラクルス州当局の汚職と権力乱用について報じ、その後に殺害された。事件はまだ解決に至っていない。

 2015年には、一緒に働いていたフォトグラファーのルーベン・エスピノサさんが殺害された。エスピノサさんは当局者から脅迫を受け逃亡したが、首都メキシコ市(Mexico City)で殺害された。

 サバレタさんも昨年、汚職が指摘されていた元州知事について記事を書き、脅迫を受けた。事務所や自宅、恋人の家の周りをうろつく見知らぬ男たちの存在に気づき、パニックになったと話す。「何をどうしたらいいか分からなくなった」

 彼はメキシコ市へと逃げ、脅迫されたことを連邦治安当局に通報した。彼には半年の間、警備員が2人ついた。身に危険が及んだ際、当局に知らせる非常ボタンは今でも持ち歩いている。

「私はまだ仕事をしている」と笑みを浮かべるサバレタさん。「もし私がまた脅迫を受け、また逃げる必要があり、そしてまたそれを公にする必要があるのであれば、それが私のやるべきことだ」

■殺害されるジャーナリストたち

 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(Reporters Without Borders)」は、メキシコを世界で3番目に死亡リスクの高い国と位置付けている。その危険性は、シリアとアフガニスタンに次ぐものとされ、事実メキシコでは2000年以降、102人のジャーナリストが殺害されている。うち20人はベラクルスで殺されたという。

 人権擁護団体「Article 19」によると、過去10年間にジャーナリストらが受けた脅迫のうち、確認されているものについては半数以上が当局者から送りつけられたものだという。また同団体は、ジャーナリスト殺害事件の99.75%が未解決であるとしている。

 サバレタさんは自身の活動を後押ししたあるジャーナリストのことを語ってくれた。Zeta誌のディレクターとしてティフアナ(Tijuana)州での麻薬取引を調べていたヘスース・ブランコルネラスさんだ。

 ブランコルネラスさんは1997年、反社会勢力によるものとみられる襲撃で負傷した。その後、2006年にがんで亡くなるまで、軍の警護の下で家と職場とを往復した。

 サバレタさんは、かつてブランコルネラスさんが的に向けて言っていた言葉をよく覚えているという。「私は自分がやめたいときにやめる。君がそうしてほしいときではなくて」
【翻訳編集】AFPBB News