トランプ大統領が欠くリーダーの資質、それは「平静さ」

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6歳の子どもが自分の思い通りにいかないことにかんしゃくをおこせば、その子の親以外の誰もが肩をすくめて「自分の子どもでなくてよかった」と言うだろう。

だが、かんしゃくをおこしたのが米国の大統領だったら、笑える人は誰もおらず、人々は恐れおののく。ドナルド・トランプの場合がまさにそうだ。

今回のトランプのかんしゃくにより、連邦捜査局(FBI)のジェームス・コミー長官が解任された。その数日後、トランプはツイッターへの投稿で「ジェームス・コミーは報道機関に情報を漏らし始める前に、2人の会話の『テープ』が存在しないよう願った方がいい」とすごんで見せている。

FBIなどの長官は大統領に仕える立場にあるものの、解雇処分を下す人物(もしくは少なくともその取り巻き)が捜査対象となっている場合には問題が生じる。

トランプが伝記作家のマイケル・ダントニオに、自分は6歳から変わっていないと冗談を言った話は有名だ。これは長い人生経験をもってしても自己成長が根本的に欠けていることを示す憂慮すべき発言だ。正直な言葉かもしれないが、世界中の誰よりも大きな権力を手にする大統領の言葉としては恐ろしい。

平静さ(冷静沈着を保つ能力)はリーダーシップに不可欠だ。自分の感情をコントロールできない組織幹部は、避けるべき存在となる。そういった人物は混乱を引き起こし、すぐに同僚や部下からの尊敬を失う。

トランプのこれまでのキャリアには、一貫した点が一つある。それは、彼がこれまでに持ったことのある上司は1人だけだったということ。その上司とは、自分の父だ。トランプの父は厳しく、要求の高い人物だったが、それでもしょせんは家族。息子を愛し、金銭的な問題から救った上、死去の際には多額の財産を遺した。

トランプのもう一人の恩師は、1950年代初期の赤狩り(共産主義排斥運動)時代にジョセフ・マッカーシー上院議員の主任顧問を務めた悪名高きロイ・コーンだった。コーンは、勝利のためには何でもする禁じ手無しの弁護士としてキャリアを築いた。(彼は最終的に、1986年の死に先立ち弁護士資格を剥奪されている)

トランプは、自身の政権を大企業のCEOたちで固めたいようだ。彼は自分を他のビジネスリーダーと同類だと考えたがっているが、そこには大きな違いがある。こうしたCEOの大半が公開会社を率いる一方で、トランプが率いていたのは同族経営の企業。他のCEOの上には役員会や株主がいるのに対し、トランプの上には誰もいない。

私がこれまで共に働いた重役の多くは、上司によって時間をかけて成長させられてきた人々だった。こうした上司は、部下に挑戦を与え、相談に乗り、新たな成長機会を与えると同時に、部下が失敗した時には戒めを与えてきた。そうした「失敗」の中には、部下を不当に扱うといったことも含まれる。トランプはそういった教えを受けたことがない。

トランプは、同族経営的かつ禁じ手無しの組織運営法をホワイトハウスに持ち込んだ。政権内の内紛の話題は大手紙の1面を飾り、ニュース放送局では速報として取り上げられた。その一因は、政権メンバーたちも同じく子供じみた考えを持ち、メディアで大々的に取り上げられることでトランプの気を引こうとしていたことにあった。しかし、メディア報道が確かであるならば、政権内には今、恐怖が広まりつつある。

皮肉なことに、強硬なリーダーシップスタイルは長く続かない。少しの間威張り散らすことはできても、すぐに効果はなくなる。良識ある人々はそんな人の下で働くことにうんざりし、離れていく。残るのは、他に行く場所がないという理由だけで忠実な態度をとる取り巻きだけだ。

意見をめぐる対立は健全なものになり得る。意見の不一致は議論を生む。一方で、人物をめぐる対立は憎悪を生み出し、個人に、そして最終的には組織に破壊的影響をもたらし得る。

そんなやり方では、事業を、ましてや国を運営することなど決してできない。