評論家の呉智英氏

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 フランス革命といえば、18世紀に起きた市民革命として知られている。そのときの革命歌『ラ・マルセイエーズ』はフランス国歌として今も歌われている。その革命の歌が、フランス大統領選挙で敗れた右翼のマリーヌ・ルペン候補支持者たちが、たびたび合唱されていた。右翼が革命歌をなぜ好んで歌うのか、評論家の呉智英氏が、フランス革命が掲げた三目標の本当の意味とともに解説する。

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 フランス大統領選挙は、中道左派のマクロン候補が右翼のルペン候補を破って勝利した。フランスは一応の政治的安定を見せた。

 ところで、今回の選挙を前にした我が国の報道を見ると、ルペンへの警戒心とともに一種のとまどいが感じられた。

 朝日新聞は四月二十五日付「天声人語」をこう始める。「フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』は歌詞のむごたらしさで知られる。フランス革命の際、外国と戦う兵士を鼓舞するため書かれた。敵が〈息子を、妻を、殺しに来る〉〈武器を取れ、市民諸君〉〈不浄なる血が我らの田畑に吸われんことを〉」「パリで先週、右翼・国民戦線の集会をのぞいた時も何度も合唱されていた」

 フランス革命の時の革命歌を国歌にしていながら、なぜルペンと国民戦線はその革命歌を誇らかに歌うのか。この歌には「むごたらしい」歌詞があり、そこが右翼に好まれるのか。そう言いたげだ。

 四月二十九日夕方のNHKラジオ「池上彰2017世界を読む」は、「トランプ政権100日・緊迫する世界の行方は?」と題し、米トランプ政権の出現とルペンの言動を取り上げている。出演した政治学者遠藤乾は、フランス革命の三目標に触れ、ルペンに批判的な見解を述べている。やはり、ここにもとまどいが感じられる。普段明解な分析・解説をする池上も、何か寸止めのような趣きだった。

 まともなジャーナリストなら誰もうすうす分かっていて、しかしそこに踏み込むと面倒になるので知らぬふりをしていることがある。フランス革命の三目標もその好例だ。三目標は次の通り。

 Liberte・Egalite・Fraternite(Egaliteの最初の「e」および各単語の末尾の「e」にはアクサン・テギュが付きます)

 初めの二つは「自由」「平等」と訳され、それで正しい。しかし、三つ目は「博愛」ではない。博愛なら原語は Philanthropie のはずだ。

 Fraterniteを「博愛」とするのは意図的な誤訳である。それで最近は「友愛」とするようだが、これもおかしい。友愛なら原語は Amitie だろう。

 Fraternite は、血縁のない他人なのに兄弟のように睦み合うという意味である。日本語では普通これを「義兄弟」という。睦会(むつみかい)という義兄弟同士の連合組織もある。自由・平等・義兄弟。これがフランス革命の三目標なのだ。右翼のルペンたちが高らかにラ・マルセイエーズを歌うのは当然なのである。「国民国家」もフランス革命を機に生まれた。

 今年はロシヤ革命百周年である。ロシヤ革命の際、革命軍が好んで歌った歌はラ・マルセイエーズである。これを歌いながら労働者・兵士は武装デモをした。スターリンに追放されるまで共産党のナンバーツーであったトロツキーは、ボリシェビキ(共産党の前身)をしばしばフランス革命時のジャコバン党になぞらえた。日本でも1970年頃の某過激派の機関誌名は「若きジャコバン」であった。

 フランス革命の誤った認識が現代の分析をあいまいにしている。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。

※週刊ポスト2017年5月26日号