荷台で作業する、運転手時代の筆者

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 家業の工場を手伝いながら、日本の技術の尊さ、工場職人やドライバーの日々の苦労を身近に感じてきた筆者。前3回に渡り、日本の職人について述べてきたが、ここで再びトラックドライバーの仕事について話を戻してみたい。

 筆者が大型免許を取得するべく地元の教習所へ赴いたのは、条件に則り、普通免許を取得して3年後の20代前半。必要書類を提出した際、「女性」と「大型」がともにマルで囲われてあることで、何度も確認に呼ばれたのを覚えている。

 教官が変わると、その度に50分の教習時間は「どうして大型免許を取るのか」を説明する時間と化し、時には「橋本さんね、他の教習生のわき見の対象になってるんだよ」という、本人にとっては心の底からどうでもいい苦情色漂う報告を受けたりもした。

 そんな教習所での思い出の中でも一番衝撃的だったのは、やはり初めて大型トラックに乗った日だろう。

 待合室から教習中のトラックを見る限り、大して難しそうには見えなかったが、自らが乗った時の衝撃はすさまじかった。

 マニュアル車を運転するのは、普通車の教習時以来3年ぶり。そもそも車幅も振動も目線も普通車とは別物だったゆえ、その頃の感覚を思い出したとしても全く使い物にならなかったが、結局最初の教習で動かしたトラックの距離は、エンストで稼いでも10メートルもなかった。

 教官いわく、他の教習生は仕事ですでにトラックに乗った経験のある人がほとんどで、筆者のように、いきなり大型の運転席に座る人間は、一部のマニアくらいのものらしい。あまりの緊張に、教習が終わると毎回背中はその日の水分を汗として全て出し切っていた。

◆積荷状態を前提に作られている、トラックのブレーキ

 それでも教習を重ねるごとにトラックを動かせる距離は伸びていき、内輪差やギアチェンジにも徐々に慣れていったのだが、最後まで筆者を悩ませたのが、ブレーキだった。

 4トン以上のトラックのほとんどに搭載されている「エアブレーキ」は、空荷(荷物を積んでいない状態)の際に乗用車と同じ感覚で踏むと、すごい勢いで止まる。特に低速で運転している際は、前ではなく上に体が飛び上がるほど激しくつんのめり、すぐにエンストを起こすのだ。

 なかなかコツをつかめない筆者に、教官は若干イライラしながら「2ミリずつ踏んで」と繰り返すが、その曖昧にもほどがある角質3層分の注文に、混乱は深まる一方で、一時はこの最も大事なペダルを踏むのがトラウマにさえなった。以降、靴ひもがゆるかったり、いつもと違う靴を履いていたりするだけで、ブレーキの善し悪しが変わるという不安定ぶりを発揮する。

 こうして他の教習生よりもたっぷり時間をかけて取得した大型免許だが、現場で初めて金型をめいっぱい積んで走った際に、どうして空荷のブレーキがこれほどにまで利きやすいのか理解できた。空荷とは逆に、いくらブレーキを踏み込んでもなかなかトラックは止まってくれないのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、つまるところトラックは、「荷物を積んだ状態」をベースに、ブレーキが作られているのである。

◆トラック運転手が急ブレーキをかける時は、さまざまなことが脳裏に浮かぶ

 以前の記事で、「ノロノロと走っているのは、そう走りたくて走っているのではなく、走れないのだ」と述べたが、多くのトラックがああやって車間を大きく空けてゆっくり走るのには、実はもう1つ理由がある。

 後ろに積んだ荷物を守るためだ。

 ただでさえなかなか止まらないトラック。できるだけ急ブレーキを踏まなくてもいいよう、車間距離を十二分に空けているのだ。

 それでも急な割り込みなどで急ブレーキを踏まなければならない時、ドライバーの脳裏には、様々な思いがよぎる。ほんのわずかな瞬間だが、本当に色んなことを考える。