茨城県牛久市で行われた凱旋パレードでの稀勢の里(右)と根本洋治牛久市長(左)(写真:日刊スポーツ/アフロ)

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 今年の大相撲初場所で初優勝を飾り、日本出身の力士としては3代目若乃花以来、19年ぶりに横綱昇進を果たした稀勢の里(田子ノ浦部屋)。3月場所では左肩を負傷しながらも連続優勝を果たし、横綱としての貫禄は日に日に増していくばかりだ。

 ただ、ケガの回復は思わしくないようで、4月の春巡業は全休場。5月3日の稽古総見を欠席した際には、親方の連絡ミスもあって「まさかの無断欠席か」と騒動になったことも記憶に新しい。14日に幕を開けた5月場所も一時は出場が危ぶまれていたが出場が決定、今場所でも優勝を果たすことができるかどうか、注目される。

 そんな角界のニューヒーロー・稀勢の里は、1986年に兵庫県芦屋市で生まれ、2歳の頃に茨城県龍ケ崎市に移住した。中学2年生のときには隣街の牛久市に転居し、卒業に合わせて鳴門部屋に入門した。

 この経歴を見る限り「稀勢の里の“地元”はどこなのか?」という疑問が浮かんできそうだが、「日本相撲協会公式サイト」の力士プロフィールには「出身地 茨城県牛久市」との記載があり、「稀勢の里郷土後援会」の事務局も牛久市にある。今年2月には稀勢の里が牛久市役所を表敬訪問しており、横綱昇進を祝したパレードも盛大に開催された。

 一方で、2歳から中学2年まで過ごした龍ケ崎市も、応援に力を入れている。初優勝の瞬間はパブリックビューイングで大勢の市民が見届けていたそうで、龍ケ崎市がコロッケで町おこしをしていることにちなんで「横綱コロッケ」という商品をつくって販売する店も現れたという。

 さらに、稀勢の里が牛久市に引っ越した後も区域外から通い続けていた龍ケ崎市立長山中学校には「稀勢の里資料室」が2012年に開設されている。つまり、龍ケ崎市は“横綱昇進”というビッグニュースに便乗したわけではなく、それ以前から応援する姿勢を示し、良好な関係を築いていたというわけだ。

●牛久市も龍ケ崎市も、稀勢の里に市民栄誉賞授与

 1月25日には龍ケ崎市が、同月27日には牛久市が、稀勢の里への市民栄誉賞授与を決定している。うがった見方をすれば、隣接する自治体同士で「どちらがより稀勢の里の応援に積極的か」を競い合っているようにも思えてしまう。実際のところ、各自治体は相手方のスタンスをどう捉えているのだろうか。

 そこで、牛久市と龍ケ崎市に取材を申し込むと、牛久市からは期日までに回答を得られなかったが、龍ケ崎市役所の総合政策部企画課の大貫氏は次のような話を聞かせてくれた。

「龍ケ崎市も牛久市も、市民栄誉賞に関する規定を持っていて、授与の際には審査会を経る必要があります。お互いに粛々と取り組んだ結果、授与決定のタイミングに差が発生してしまっただけではないでしょうか。どちらが早いですとか遅いですとか、そういう世界ではありませんから」(大貫氏)

 つまり、牛久市への対抗意識はないということか。実は、2月の祝賀パレードで稀勢の里本人を前に市民栄誉賞の授与を済ませている牛久市に対して、龍ケ崎市ではいまだに授与式が行われていないが、こちらについても焦る様子はなさそうだ。

「稀勢の里関には、かつて2回ほど母校訪問をしていただいたことがありまして、その際に押していただいた手形やサインしていただいたバット(※稀勢の里は元野球部)などは、ご両親を通じてお借りしたものとあわせて、長山中学校内の資料室に展示してあります。

 市民栄誉賞の授与式につきましても、こちらの勝手な都合ではございますが、できれば再び母校を訪問していただき、後輩たちの前で……というシチュエーションが希望です。しかし、稀勢の里関もかなりお忙しいですから、継続してお願いしていこうという状況になっております」(同)

●出生地の芦屋市は稀勢の里に「市長特別賞」贈呈

 稀勢の里が少年時代のほとんどを過ごしたのは龍ケ崎市だったにもかかわらず、後援会事務局が牛久市にあることについては、どのような見解なのだろうか。

「稀勢の里関が中学を卒業し、鳴戸部屋に入門したときに住んでいたのは牛久市でしたから、後援会もそのまま牛久市で結成することになったのではないでしょうか。また、龍ケ崎市にはもともと『式秀部屋』という相撲部屋がございますので、そういう配慮もあって事務局の開設が見送られたのかもしれません。

 私どもにも、そのあたりの深い事情まではわからないのですが、ご存じのように、龍ケ崎市には稀勢の里関の通っていた幼稚園や小中学校がございます。ご本人にもご両親にも『後輩のために』ということで、以前からいろいろとご協力をいただいてきました。そのつながりを大切にしようという姿勢は今後も変わりませんし、牛久市ともお互いに仲良く横綱を応援していければ、という考えですね」(同)

 では、「お互いに仲良く」ということで、この先、龍ケ崎市と牛久市がなんらかの合同イベントを開く予定はあるのだろうか?

「今のところ、一緒に何かの事業をやろうというような計画は具体化しておりません。ただ、2月に牛久市で行われた祝賀パレードには龍ケ崎市の市長も参加していますし、将来的に2つの市で連携する可能性はあると思います」(同)

 それぞれの応援スタイルに違いはあれど、稀勢の里の活躍を長きにわたって支えている“育ての親”という意味においては、龍ケ崎市も牛久市も同程度の貢献を果たしてきたのかもしれない。

 なお、そもそもの“生みの親”である芦屋市も、完全に距離を置いているわけではなく、3月には稀勢の里に「芦屋市長特別賞」を贈っている。出身地をめぐる三つ巴の戦いなど、好角家たちは望んでいないだろうし、いずれ3つの自治体が稀勢の里の応援のために手を組む日も来るのかもしれない。
(文=森井隆二郎/A4studio)