『原点 THE ORIGIN──戦争を描く、人間を描く』(岩波書店)

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「これまでガンダムについては『戦争を賛美している』とか、『戦いの悲惨さを描いている』と、両極端の評価がされることがありましたが、はっきりいって、どちらもちがいます。テーマは『人間はなぜ、戦争をしてしまうのか』。それにつきるのだと思います」

『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)と同じ「一年戦争」を描いたスピンオフ作品『機動戦士ガンダム サンダーボルト』が人気を呼び、アニメ第2シーズンの配信もスタートしたばかりだ。

 そんななか、ファーストガンダムのキャラクターデザインと作画監督を務め、富野由悠季氏(監督)、大河原邦男氏(メカニックデザイン)と並んで"ガンダムの生みの親"と呼ばれる安彦良和氏(キャラクターデザイン、作画監督)が、ジャーナリスト斉藤光政氏との共著『原点 THE ORIGIN──戦争を描く、人間を描く』(岩波書店)を出版。そのなかで『ガンダム』という物語の意味について上記のように強調した。

 しかし、なぜ、いまになってこのような発言が飛び出したのか? それは、安彦氏のなかで『ガンダム』で伝えたかったことが、特に若者たちの間で誤解されているという思いがあるからだ。15年11月8日付朝日新聞デジタルのインタビューではこのように答えている。

「戦争には必ず前段がある。ガンダムは舞台がいきなり戦争なので、『戦争はかっこいい』とか『弱者の抵抗として戦争は正しいんじゃないか』とかいう誤解を招いてしまった」

 ご存知の通り、1979年の第一作以降『ガンダム』シリーズは現在にいたるまでつくられ続けているわけだが、安彦氏はファーストガンダム以降『ガンダム』シリーズの製作には携わらず、専業漫画家に転身。昭和初期の満州を舞台にした『虹色のトロツキー』や、日清戦争など明治時代後半の東アジアを題材とする『王道の狗』を発表するなど、良質な歴史漫画を多く発表してきた。

 しかし、前述の通り、『ガンダム』という作品が若者の間で意図せざる受け取られ方をしていることを知った彼は、その誤った認識をただすため、2001年からファーストガンダムを改めてコミカライズし直した『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の連載を開始。2015年からは安彦氏自身が総監督を務めるかたちでアニメ化も始まった。今年9月には6作目となる『機動戦士ガンダム THE ORIGIN V 激突 ルウム会戦』の公開が予定されている。

 その誤った認識のなかでも、安彦氏が特に問題視したのが「ニュータイプ」という概念の受け取り方だ。テレパシーのような特殊能力をもつエスパーとして描かれる「ニュータイプ」。主人公アムロ・レイがまさにそのニュータイプなわけだが、シリーズが進むにつれその概念も広がり、一言では説明できない複雑なものへと変化していく。そして、そのうちに「ニュータイプ」を「選ばれた人たち」と理解する読者たちが現れ始めた。そして、その受け止められ方は危険だと安彦氏は思った。前出『原点』ではこのように語られている。

「『覚醒した新人類=ニュータイプが世界を変える。それがガンダムのテーマ』なんていう、とんでもない言葉が一部のオタクや自称評論家から飛び出すようになり、メディアに掲載されはじめました。そこで思い出したのが、学生運動のときに語られた『革命的な党こそが革命を実現できる』という言葉です。おなじように観念をもてあそぶ考え方で罪深い。フィクションだから、ではすまされない」

『ガンダム』が選民思想に結びつくことは、排外主義に反転する危険性があると、安彦氏は警戒していたのだ。

「わかりあえない時代や社会だからこそ、わかりあえたらどんなにいいだろう、というのがガンダムの最大のテーマです。エスパー同士でしか理解しあえない、と他者を簡単に突きはなす考えは逆だと思いました」(前出『原点』)

 そして、安彦氏がもうひとつ問題だと感じたのが「戦争」というものに対する認識である。言うまでもなく、『機動戦士ガンダム』という作品は、単純な勧善懲悪の物語ではなく、地球連邦軍にもジオン軍にも、それぞれ正しい部分と間違っている部分があり、お互いがお互いの考える正義のために戦っている背景がつぶさに描かれる。ロボットアニメのなかにこういったリアリスティックな設定がもちこまれることは画期的なことであり、それはこの作品が社会現象を起こすほどの人気作となった要因のひとつなのだが、その物語設定ゆえに「戦争のリアルを描いている」と誤解されてしまった。『機動戦士ガンダム』は確かに戦争をリアルに描こうと努力したアニメではあるが、戦争の本当の姿を描けているわけではない。2006年1月4日付読売新聞に掲載された小説家の福井晴敏氏との対談のなかで安彦氏はこう語っている。

「『ガンダムは戦争を描いている』と言い始めたのは、僕らより少し下の、いわゆるシラケ世代以後の連中ですよ」
「オタク世代にとって、戦争とは『面白い対象』でしかないわけで、ガンダムなんかで戦争を語らないでくれと思う。実際の戦争というのは、自分の彼女がレイプされたり、家族が死んだり、家を焼かれたりするもの。アニメで戦争なんか見たって、そういった感性は摩耗するだけ。反戦がテーマだなんて合理化しちゃいけない」

 誤解を解くために描き直された『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では、戦争に巻き込まれ悲惨な目に遭う市井の人々も描かれている。そんな残酷なシーンをわざわざ描いたのは、なんの罪もない子供まで無慈悲に殺されてしまうのが戦争の本当の姿だからだ。

〈現在僕がつくり続けている『機動戦士ガンダム・ジ・オリジン』は戦争の話だ。ことに、僕がつけ加えた戦争に至るまでの部分「前史」には、戦争に巻き込まれる人達、これから巻き込まれるであろう人達がたくさん出てくる。大量死の運命を避けられない市民や、大切なぬいぐるみを抱いて親に手を引かれ、逃げる子供も出てくる。そういう「絵」をつくるのはとてもつらい。そこに「生」が在り「生活」が在るのを、あるいは在ったのを感じるからだ。
「生」は死よりも重い。たぶん、ずっとずっと、重い〉(前出『原点』)

 安彦氏が物語を通じて戦争を描く一方、現実の世界のこの国は、戦後70年以上が経ち、またかつての過ちを繰り返そうとしている。

「いまは日本が大きな曲がり角にきているという気がしています。集団的自衛権の行使容認は米国と一緒に戦争がしたいことの表れで、米国もそれを歓迎する。そして、ますます米国にはなにもいえなくなる。その構図がゆるせないんです。基本的にはだれでも平和がいいと思っているが、戦争にはある種の魔力があって、『戦争だ』とメンタル的に人を高揚させる部分があるのも事実。人間の性みたいなもので、どうしても消せない」(前出『原点』)

 その根っこには、対米従属構造に加え、安倍晋三首相および彼を熱烈に支持するネトウヨ的感性をもつ人々の戦前回帰志向があると安彦氏は断じる。

「日本では一九四五年の敗戦を境にして表と裏がひっくりかえるような強烈なねじれ現象、つまり、価値観の逆転が起きたわけですよね。それはとても強引なねじれだったので、長い時間をかけて、ゆりもどしという動きが出てくるわけです。それは自然な流れだと思うけど、外部からは、日本がいつか来た道にもどろうとしていると見えるのではないでしょうか。その一つが国民の保守化であり、安保関連法などに代表される一連の防衛政策なのだと思います」
「終戦にともなっておこなわれた一億総懺悔と、戦前はみんなまちがっていたという強烈な反省。そのなかにはそこまで反省しなくてもいい問題がいっぱいあったんです。その意味では、国家の安定とともに復元の動きが出るのはあたりまえなのですが、その方向をまちがってしまうと『日本は侵略なんかしていない』とか『植民地支配は悪だというけど、日本はいいことだってしたではないか』と、そのレベルまでもどりすぎてしまう。安倍晋三首相のやっていることも、もどっちゃいけない方向だと思うんです」(前出『原点』)

 本稿冒頭に引いた発言のなかで安彦氏は『ガンダム』で描こうとしているものは「人間はなぜ、戦争をしてしまうのか」というテーマについてだと語っていた。それはペシミスティックで冷徹な問いであると同時に、遠い未来には争いがなくなる日が来るのではないかという希望も含まれている。

「ガンダムは主人公アムロ・レイたちの広い意味での成長物語なのです。歴史もおなじだと思うんです。おなじ失敗をくりかえしてしまったとか、この道はいつか来た道だとか。それだけなら進歩がなく絶望的で悲しいだけ。でも、人類は愚かながらも経験を積み重ねることで少しずつ成長し、利口になっている部分もあるのではないか、昨日よりましな、今日があると思いたい。それがガンダムをとおして訴えたいものの一つなのです」(前出『原点』)

 安倍首相はいよいよ本丸となる憲法改正へと本格的に乗り出している。現在、9条に「加憲」するというかたちで平和主義を無効化するような姑息な手段に出始めているが、これから先、このような目くらましの手口が次々と飛び出してくるだろう。しかし、それは安彦のいうようにしょせん「いつか来た道」でしかない。そのことを私たちはしかと認識すべきである。
(編集部)