クォークまでがバラバラに。

スイス・ジュネーブ郊外、フランスとの国境地帯の森やら草原やらの中に、倉庫のような建物があります。その建物にはエレベーターがありますが、フロアの表示は全部マイナス、つまり地下にしか向かいません。地下深く潜っていくと、この赤い八角形の巨大な土管みたいなもののある奇妙な空間にたどりつきます。それは欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)にある検出器のひとつ「ALICE」です。

ALICEの目的は、ビッグバン直後の一瞬に宇宙を満たしていたとされる「クォークグルーオンプラズマ」を検出し、それを観測することにあります。「クォーク」も「グルーオン」も物質を構成する素粒子のひとつですが、通常はお互いに強く結びついていて、バラバラになることはありません。でもビッグバン直後のようにものすごい高温状態ではその結びつきが解けていたとされ、その状態が「クォークグルーオンプラズマ」と呼ばれています。ALICEではこれまで、LHCを使って鉛イオン同士を衝突させることでその高温状態を作り出し、観測してきました。


1 ビッグバン直後の素粒子ゆるゆる状態、LHCでより簡単に実現?

ALICEの建物。一見、絵がついただけの倉庫みたいです


が、Nature Physicsに発表された新たな実験では、鉛イオンではなく陽子と陽子を衝突させています。って、鉛と陽子で何が違うかっていうと、陽子のほうがずっと実験しやすくなるってことのようです。ALICEの研究者、Livio Bianchi氏は次のように説明してくれました。

クォークグルーオンプラズマを陽子・陽子の衝突で作り出せば、(鉛の衝突で取り出されるごちゃ混ぜのデータを扱う必要がなく)そこに自分の注意を向けられるようになります。陽子のほうがずっと扱いやすいんです。

陽子や中性子は、2種類のクォーク(「アップ」と「ダウン」)からできています。クォークには全部で6つのフレーバーがあり、他の4つは「ストレンジ」「チャーム」「トップ」「ボトム」なるものです。そして別の粒子・グルーオンが、のり(glue)のように、それらのクォークを2つとか3つとか結びつけています。だからクォークやグルーオンが単体で検出されたことはありません。でも強いエネルギーの下ではクォークの配列が変化し、最後は熱いスープのようにゆるくつながった状態になる、とされています。Bianchiさんたち研究チームは、その状態について理解を深めしようとしているのです。


2 ビッグバン直後の素粒子ゆるゆる状態、LHCでより簡単に実現?

ALICEのコントロールルーム


これまでもクォークグルーオンプラズマは、米国の重イオン加速器(RHIC)やLHCで、金や鉛のイオンを衝突させることで検出されていました。でも今回、陽子と陽子の衝突でこのスープができたとするためには、いくつかクリアすべきチェック項目があります。まずその火の玉みたいなスープは、全体として膨張しなくてはなりません。また、火の玉から発生する粒子が増えるにつれてストレンジクォークも多くなる「ストレンジネス増大」と呼ばれる性質を持つ必要があります。また、衝突からは粒子のジェットが出てくるのですが、それが通常はペアで出てくるところ、この実験ではひとつだけにならなくてはいけません。

そのうちストレンジネス増大については、ストレンジクォークを1つずつ含むK中間子とラムダ粒子と、ストレンジクォークを2つ持つグザイ粒子、3つ含むオメガ粒子を検出することで確認できました。また、粒子に含まれるストレンジクォークが多くなるほど、陽子衝突から出てくる粒子の数の総数が増える傾向があったのです。基本的に陽子の衝突の方法次第で、生成される粒子の数は多かったり少なかったりします。衝突から生まれる粒子が多い場合は、ストレンジクォークの割合が高いということになります。


3 ビッグバン直後の素粒子ゆるゆる状態、LHCでより簡単に実現?


…ってなんか妄想の設定みたいに聞こえるかもしれませんが、それも仕方ないです。今のところ誰も、クォークグルーオンプラズマを陽子同士の衝突の中で見つけた、とは言っていません。

昨年、ヒッグス粒子に続いて新たな謎の粒子発見か?なんて発表があったのに結局は間違いでした、って事案があり、物理学界では成果をなるべく控えめに見せる流れがあります。BianchiさんはALICEに向かう車の中で、こんな風に言っていました。

報道機関は、我々が(陽子の衝突における)クォークグルーオンプラズマを発見した、と表現するかもしれません。それこそわれわれが心配していることです。なるべく厳密でありたいのです。


4 ビッグバン直後の素粒子ゆるゆる状態、LHCでより簡単に実現?

CERNの外、スイス・フランス国境近くの田園風景


しかも彼らにはまだ第3のチェック項目が待っています。衝突から生まれるジェットのうち、ひとつが熱い粒子のスープを通過できないことを確認する必要があるんです。しかも彼らは、そのジェット自体検出できるかどうか確信を持っていません。Bianchi氏いわく、「(衝突する粒子の)サイズが小さくて、ジェットはどちらの方向にも簡単に逃れてしまう」ため、ジェットそのものが見られないかもしれないんです。

ALICEやCERNの他の検知器、CMSやATLASには総計数百人の物理学者が結集し、Bianchi氏と同じように何らかの結果を追い求めています。今回Natureに掲載された研究成果は、LHCで実現できるエネルギーの半分くらいを出した環境で陽子を衝突させる実験から生まれたものです。ここ数カ月、LHCは技術的理由で停止中でしたが、5月1日に復帰しました。彼らの探求は、まだまだ続きそうです。

・正体はダークマター? はたして“幽霊”は存在するのか、素粒子物理学の視点から考える

images: Ryan F. Mandelbaum
source: Nature Physics
reference: Gizmodo US,Daily Mail

Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US[原文]
(福田ミホ)