浦和レッズ・森脇良太【写真:Getty Images】

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浦和DF森脇の「口が臭い」発言…国際基準から乖離したJリーグの“ぬるさ”

「いったい、オレはなに人なんだ」――李忠成

 朝鮮第九小学校へ通った李忠成は、よく登下校の際に、日本の小学生たちから揶揄され、喧嘩を吹っかけられたという。しかし、差別を感じ取りながらも、敢えて「李」の名前で、日本の中学に通う。12歳で、出自を隠さずに、堂々と日本社会の中で生きていく決断をするのだ。

 そんな李が18歳の時、U-19韓国代表候補の合宿に参加し、大きなショックを受ける。韓国へ行けば、歓迎してくれるものと信じていた。ところが食事を取っていると、背中で韓国の選手たちがなにやら囁いている。父に意味を聞くと、在日韓国人に対する蔑称だった。

「いったいオレは、なんなんだよ。日本人でも韓国人でもなく、在日人なのか」

いつでも差別する側は鈍感…埼スタに掲げた「JAPANESE ONLY」の横断幕

 その後、柏レイソルで頭角を現すと、2007年に日本に帰化し、翌年の北京オリンピックの舞台に立つ。09年夏に移籍したサンフレッチェ広島で得点感覚にさらに磨きをかけると、日本代表の一員として出場した11年カタール・アジアカップ決勝では、オーストラリアを相手に延長戦で劇的な決勝ゴール。情熱を込めたプレーぶりで多くの人の共感を引き寄せた。

 ただし、日の丸をつけて重責を担うのは李だけではない。家族や親戚も、時には心ない中傷を受けながら、ともに戦い支え続けた。それだけに浦和サポーターが、2014年に埼玉スタジアムで掲げた「JAPANESE ONLY」の横断幕が、そのシーズンに浦和に加入した李の家族の傷をどこまで抉ったか、心中察して余りある。

 いつでも差別する側は、この問題に鈍感だ。世界を一人旅で回ってみれば、日本人も至るところで差別されていることが判る。

 4日に行われたJ1リーグでは、浦和の森脇良太の暴言が物議を醸した。鹿島アントラーズとの試合中に、両チームの選手が判定を巡ってヒートアップした際、鹿島の選手に向かって「口が臭い」と発言。これを小笠原満男は同僚のブラジル人MFレオ・シルバに向けた言葉としたが、森脇自身は口論となった小笠原に向けたものであり、そこに「差別の意図はなかった」と主張した。

Jリーグの調査のぬるさ、危機管理の甘さ…「疑わしきは罰せず」裁定

 だが肝心なのは、発言者の意図などではなく、受け取る側の心情だ。差別的侮辱と受け取る可能性のある人物の間近での言動を、「あなたに向けたものではない」などという理屈は、とりわけ国際社会では通用しない。

 そもそも精神的苦痛を味わった被害者の前で「そんなつもりはなかった」「興奮してつい」などという弁解が、容認されるものなのかを、機構やクラブは徹底して教育していく必要がある。森脇に対して2試合の出場停止処分が発表された後、鹿島の小笠原が指摘したように、Jリーグの調査のぬるさ、危機管理の甘さは、まったく国際基準から乖離していると言わざるを得ない。

 今、フットボールの世界では、日常的に「人種差別反対」宣言が繰り返されている。FIFAが最優先で撲滅を図る重要課題である。Jリーグも同様に真摯に取り組もうとするなら、これほどあっさりとした「疑わしきは罰せず」裁定は、導けないはずである。

加部究●文 text by Kiwamu Kabe

◇加部究(かべ・きわむ)

 1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。