シリア攻撃は軍主導か The New York Times/AFLO

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 4月に米トランプ政権がシリアへの空爆に踏み切ったが、「トランプ大統領は軍の操り人形と化してしまった」と指摘するのは、ジャーナリストの落合信彦氏だ。

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 人類は、3度目となる世界大戦の危機を迎えている。昨年秋に上梓した『そして、アメリカは消える』で懸念した通りの状況になってしまったのだ。

 4月に行われたアメリカのシリア空爆は、今後の世界を見通す上で極めて重大な意味を持つ。新聞やテレビは「アサドの化学兵器使用に対する報復だ」などと表面的なことばかり報じている。トランプの“決断力”に言及するメディアも多かった。しかし、現実は違う。

 恐ろしいのは、軍事や国防、そして外交にまったく疎いトランプが、軍の言いなりになっていることなのだ。軍は、「あの最高司令官は何もわからない」とタカをくくっている。トランプは「軍の操り人形」と化したのだ。

 アサドによる「化学兵器使用疑惑」が浮上したのは4月4日のことだった。サリンと思われる神経ガスは、子供25人を含む少なくとも83人の命を奪った。シリア軍によるサリンの使用は、2013年8月にダマスカス郊外で行われた攻撃以来の暴挙だ。

 トランプはすぐに、「アサドは恐ろしいことをした。シリアで起きたのは目に余る犯罪だ」「レッドラインを越えた」と非難する声明を出した。国務長官のティラーソンも同じ日に、「重大な対応が必要だ」「アサド退陣に向けた政治プロセスを進めていく。アサド大統領は、シリア国民を統治する役割を失うだろう」と強気で発言した。

 その後の動きは非常にスピーディだった。地中海に展開するアメリカ海軍の駆逐艦「ポーター」と「ロス」の2隻から59発のトマホークが発射されたのは、化学兵器使用疑惑が明らかになってからわずか48時間ほどのこと。

 トランプは習近平との夕食会を終えた直後に記者団の前に出てきて、「軍事攻撃を命じた」「シリアでの流血を終わらせ、あらゆる形のテロを終結に導こう」と厳粛な面持ちで語った。

 トランプ自身の知恵でこんな鮮やかな行動をできるわけがないことは、本連載の読者ならおわかりだろう。武力を行使したくてうずうずしていた軍が、アサドのサリン使用を奇貨としてトランプに「武力発動」をけしかけたのだ。シリア空爆のわずか8日後に、今度はアフガニスタンで凄まじい破壊力を持つ「爆風爆弾」を投下したのも“軍主導”と見るべきだろう。

 オバマ政権の8年間、軍はずっと息苦しい思いをしてきた。オバマは、アサドがシリア国民に化学兵器を使用した際も軍事行動を躊躇した。軍と軍需産業は、オバマの間は利権の蜜を吸うことができなかったのだ。

「決断できないオバマ」は世界を劣化させたが、今のように軍がリーダーシップのない大統領を動かして行動に出ようとするとき、世界はさらなる混沌へと向かうことになる。

 歴史がそれを証明している。ヴェトナム戦争だ。軍産複合体の元締めだったCIA長官のアレン・ダレスを中心としてCIAが暴走し、時の大統領が全貌を把握しないまま、アメリカはヴェトナム戦争へとなだれこんでいった。CIAは、次々に軍事顧問団をヴェトナムへ派遣していった。

 1961年1月にジョン・F・ケネディが大統領になると、軍部は軍事顧問団だけでなく正規兵をヴェトナムに送り込むよう執拗に要請した。しかし、ケネディはそれを蹴った。統合参謀本部も「軍を派遣すべき」と大統領に進言したが、ケネディは受け入れなかった。あくまでヴェトナムを政治的に解決したかったのである。

 軍産複合体は、ケネディが大統領である間は本格的な戦争はできないと考えたはずだ。その結果、どうなったか。彼らは「ケネディを消す」という強硬手段に出た。そしてヴェトナム戦争は泥沼化し、5万5000人以上のアメリカ兵が犠牲になった。

 軍産複合体は冷戦終結にともなって崩壊したが、目下、トランプ政権のもとでその姿を再び現しつつある。

 シリアのアサドは「アメリカの攻撃はテロ組織を勢いづけるものだ。彼らの狙いは失敗に終わった」と語った。この発言で、アメリカの軍にとって再度ミサイルを撃ち込む口実ができた。

 攻撃直後はアメリカの政府高官がロイターの取材に「一度限り」と語っていたが、すぐにトランプが「必要ならさらなる行動を取る」と表明した。武力を使いたい軍はトランプを自由自在に操っているのだ。シリアへの攻撃は、今後も続いていくだろう。

 米軍はさらに、原子力空母のカール・ビンソンを朝鮮半島近海に向かわせた。金正恩に対する牽制と報じられているが、トランプが軍にコントロールされていると考えると、非常に危険な状況だ。

 米陸軍の中将で大統領補佐官のハーバート・マクマスターは、北朝鮮を「核兵器を保有した不良政権」とさえ呼んでいる。このことから考えても、朝鮮半島への攻撃が、何の戦略もなく始まる可能性もある。米軍の暴走が始まった時、甚大な被害に晒されるのは、他でもない日本なのだ。

 トランプの支持率は、35%まで落ち込んだ。就任直後も45%と低かったが、そこからあっという間に10ポイントも下がったことになる。ウォール・ストリート・ジャーナルが「これほど早期にここまでの低空飛行は前例がない」と指摘するほどだ。

 オバマケアを廃止して新たな医療制度をスタートさせる法案は、与野党の反対で頓挫した。大統領令の連発にも限界がある。法案も通せず、支持率も低迷するトランプは、もはや“裸の王様”になった。軍はますますこの大統領を操りやすくなるだろう。

※SAPIO2017年6月号