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第5位 シボレー・ノマド


1954年にニューヨークのウォルドーフ・ホテルで開催されたGMモトラマに展示された3台のシボレー・ドリームカーのうち1台がこのノマドだ。デザインは、GMのチーフ・デザイナー、ハーリー・アールで、最初の「ブルーフレーム」コルベットをベースとしたものだ。最

第4位 プジョー504ブレーク・リビエラ


1971年のパリ・モーターショーでいわゆるスタンダードなプジョー504が発表されたが、その直後、ピニンファリーナはシューティング・ブレークの習作を発表している。1800クーペをベースとしたモデルで、ワンオフのモデルである。このモデルは、リビエラと名付けられ、スペインのプライベート・コレクションに所蔵されることになった。ルーフにはクローム・レールを持ち、折畳式のシートバックをカバーするウォルナット・ベニアが装備される。

第3位 ロータス・ヘキサゴン「エランビュランス」


ロータス・エランには少なくとも2回ほどワンオフのシューティング・ブレークが作られた。そのうち、「ベイビー・エラン」は、シューティング・ブレークというにはちょっとばかり難しい存在だ。しかし、ハイゲートのディーラーであったヘキサゴンが1972年に制作したスペシャル・モデル、エランビュランスは正しいエランのシューティング・ブレークと呼ぶに相応しいモデル。但し、このエランビュランスは2台が製作されるに留まってしまったモデルだ。スプリント・ベースのクルマは、£1,895(151万円:当時の為替レート)だったエラン・スプリントのベース車両に、僅かに£595(47万円)プラスという非常に安い価格で販売されたにも関わらずだ。

第2位 ランボルギーニ・フライング・スターII


これほどまでに美しいスタイリングを持った、そして非実用的なクルマがあっただろうか。1966年のトリノ・モーターショーで発表されたこのランボルギーニ・フライング・スターII(FSII)は、この年に活動を停止したカロッツェリア・ツーリングの最後のモデルとしても、歴史上に名を残すクルマでもある。

ベースとなるのは400GTだが、フレームは短くされている。また、そのバッジには4000GTというネームが与えられている。カルロ・アンデルオーニがデザインしたツーリング製ボディは、ベースとなった350GT/400GTよりも遥かに現代的だった。また、カロッツェリア・ツーリングが1927年にイソッタ・フラスキーニと最初に仕事をしたモデルがフライング・スターだが、その初期のツーリング・モデルに使用されていたネーミングを復活させたモデルでもある。

FSIIは、作家フランソワーズ・サガンの兄弟であるジャック・コワレが最初購入し、その後にアメリカのフランス人シューティング・ブレーク・コレクターの手の元にわたっている。

第1位 アストン マーティンDB5ラドフォード


アストン マーティンのボスであったデイヴィッド・ブラウンによって製造にゴーサインが出されたシューティング・ブレーク。DB5は、合計で1,023台ほど生産されたが、そのうちの僅か1ダース、つまり12台がハロルド・ラドフォードによってシューティング・ブレーク・ボディに架装された。

この後継モデル、DB6にはロンドンのパネルクラフト社が製造したシューティング・ブレークもあるが、こちらは更に少ない7台という製造台数だ。このアストンにシューティング・ブレークを造るというのは伝統となっており、DBS、ヴィラージュ、V8ヴァンテージ、ヴァンキッシュ・ベースのベルトーネ・ジェットII、ラピード・ベースのベルトーネ・ジェット2+2などがこれに続いた。
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