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41万km走ったムルシエラゴ

スーパーカー達が抱える皮肉とは、それらが走らせる快楽を追求して造られたクルマだというのに、その多くは走行距離を極めて短いものとしている事実である。

だからこそ、エアコンの効いた快適なガレージで大切に保管されるスーパーカー達にとって、41万kmを走破し、瀕死の状態から蘇った眩いオレンジに光るサイモン・ジョージのランボルギーニ・ムルシエラゴは眩しく見えるのだろう。

危険と隣り合わせの人生

ジョージのランボルギーニ所有までの道のりはちょっと変わっている。

1990年代の終り頃、彼はイギリスのガス会社に勤めるエンジニアであったが、同時に不動産を売買するちょっとしたポートフォリオを持っていた。2004年に、益出しをして、約£30,000(440万円)を得ると、これを元手にして、ムルシエラゴの新車を購入した。

「私の人生はいつも危険と隣り合わせでした」彼はそう言う。

「クルマの値段は、約£180,000(2,600万円)で、月の支払いは45万円程度でしたから、8ヶ月位をカバーするお金しか手元になかったのです。だから、このクルマを維持する方法を考えなければいけませんでした」

そして、彼は、スーパーカーを試乗させる会社に就職する。サーキット・ライセンスも取得し、インストラクターとして顧客と同乗。彼らが走行を楽しむ姿を横目で窺った。

数年すると、彼はアンディ・カニングスと共に独立して、シックス・ギア・エクペリエンスを設立する。ムルシエラゴは、そこのフラッグシップとして扱われた。

最初の5年間、ムルシエラゴは大変な人気で、シックス・ギア・エクペリエンスのために、年間90のイベントに召還される。そこで多くのドライバー達を魅了した。

2012年、このクルマは大破する

縦横無尽に1週間に1000kmは走った。燃費は、5.7km/ℓ以上だったことはなかったし、クラッチは、4800kmで交換、1ヶ月で複数回のタイヤ交換を強いられた。費用は莫大なものになっていった。

しかし、本当の試練はそんなものではなかった。2012年の暮れに、ある顧客がコントロールを失い、65km/hのスピードで木に正面衝突してしまったのだ。

「幸いなことに、ケガ人はいませんでした」とジョージ。「しかし、クルマのダメージは相当なもので、屋根もシャシーも曲がってしまいました」

ジョージは息つく間もなく、このクルマを修理することを心に誓った。

「いわゆる考える前に動くというやつです」

しかし、修理には4年の歳月と£90,000(1300万円)の費用を費やした。シャシーを修正するために、非常に特殊な治具が必要だったし、部品も高価であった。

例えば、ヘッドライトは片方で約£6,000(90万円)。総費用はもっと高くなったはずであったが、ムルシエラゴを購入したランボルギーニ・マンチェスターは特別な工賃を提示してくれた。

何人かのメカニックがボランティアで作業を手伝ってくれたのも助けになったという。

その後は第一線から退き、今ではシェフィールドからシックス・ギア・エクペリエンスの本部があるサットン・コールドフィールドまでを往復するジョージの通勤の足となって活躍している。

スコットランドやランボルギーニの工場があるサンタアガタまでの旅も計画されている。

エンジンに火を入れる時

ピカピカにリビルトされたクルマは、大きなブレーキを収めるために、後期型のLP640のホイールを履くが、その他は工場出荷時を思わせるようなコンディションである。

近くに寄って詳しく探らなければ、このクルマが費やしてきた激動の道のりの片鱗を見つけることはできない。

リア・フェンダーに備わる「V12 6.2L」のバッジには無数の擦り傷があり、乗降口にあるサイドシル・プレートにエンボスで書かれた「ムルシエラゴ」の文字は、何千人ものドライバーが乗り降りしたことで、磨り減ってしまっている。

磨り減った燃料口リリース・ボタンも、このクルマの歴史を物語る。「M1号線沿いにあるガソリン・スタンドでしたら、ほとんどの従業員を知っていますよ」ジョージは言う。

濡れた路面とスノー・タイヤの組み合わせは、580psを誇るこのクルマの出力を路面に伝えることを難しくしている。ひと昔前の電子制御はスリップの予兆を認識するととっさに介入するが、回復するのも速い。

巨大なV型12気筒エンジンは、アイドリングから綺麗に立ち上がり、幅広い中速域を経て、7600rpmのレッド・ゾーンを目指す。

ちょっとしたアドベンチャーである。

あいにくのコンディションで、フル・スロットルを試す機会はほんの僅かであったが、最新のランボルギーニは速いかもしれないが、ムルシエラゴ以上にエキサイティングではないことを証明するに十分であった。

スーパーカーはガレージのオブジェではない

ミッドランドの田舎道は、ムルシエラゴにとっておあつらえ向きのステージではない。ディアブロやカウンタックに比べれば、視界は良好である。しかし、このクルマはトラクター並みの車幅であるし、雨天時にワイパーの拭き残しを通して見る前方の視界は限られたものとなる。

純正のアダプティブ・ダンパーはとっくにその役目を終え、ジョージは社外製の質のよいものに交換し、ステアリング・ギアもアヴェンタドールやウラカンのそれに比べて低いものへ変更している。

結果、操舵感は格段に改善している。マニュアルのギアは、このクルマにパーフェクトにマッチしている。操作は重く、慎重に行う必要があるが、そこから得られるものは、パドルシフトを叩く時に得られるそれと比べて格段に楽しい。

過走行車にありがちな欠点がこのランボルギーニにないわけではない。小物入れの蓋は閉まらないので、接着剤で留めているし、エンジンの警告サインは点灯したままだ。

しかし、このクルマは全体的に締まりが良く、距離を重ねたりハードな扱いを受けたクルマにありがちな、緩慢さがない。

ジョージは、このクルマで50万kmを走破することを心に決めているようだ。多くのスーパーカー・ディーラーは、その10分の1の距離でも驚くだろう。

しかしこのムルシエラゴは、スーパーカーはメーカーが意図した使い方をされるべきだということを如実に語っている。わたしはそう感じた。
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