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重量わずか558kgのこのクルマは、最高出力177psながら誰の目にも速そうに見える。しかし、驚嘆すべきはサーベルのようにシャープなハンドリングである。ロータス47の走りに魅せられたジェームズ・エリオットは興奮気味にそう打ち明けた。

生産台数55台のレーシング・モデル

ロータスは慣習に囚われないメーカーである。公道走行に耐えるレーシング・モデルを作ったとしても、大半は開発過程における試作であり、量産モデルの性能をなんとか引き上げるのが狙いだ。ただ、生産化予定のないモデルについては、チャプマンは革命的なアプローチを採用する。エランのレーシング・バージョン、26Rもそのケースであるが、後に100台弱が生産され、幸運なプライベーターの手に渡った。

正確このうえないステアリングは、ミリ単位の精度でコーナーを攻略する。


続く後継車のヨーロッパに、ロン・ヒックマンはミドシップを採用。中でもロータス47は推定生産台数55台以下という希少モデルである。47は一見するとヨーロッパを穏やかにチューンナップしたモデルに見える。しかし、ボディの中身は別物だ。

当時の試乗レポートには、タイプ46のヨーロッパを公道用フォーミュラカーだとする記事が多く見られる。それは決してジャーナリストの大げさな美辞ではなく、単純に事実なのであった。

乗り手は神のごときコントロールに夢中になる。

ロータス・ヨーロッパとは別物

46と47は外見が似ており、どちらもエラン向けに考案されたバックボーン・シャシー(当初はロトフレックス・カップリングの実験台に過ぎなかったもの)を前後逆にして使っているが、共有部品はほとんどない。ヨーロッパS1は、ルノー16譲りの1.5ℓ4気筒を縦置きに搭載し、1966年に発表を迎える。

一方でタイプ47が選んだ高性能ツインカムは、レース用のストック・エンジンほど気難しい所がなく、177ps以上(インジェクション化で183ps)を発揮するうえ、性能面でも驚くほどの違いを生んだ。

タイプ46に搭載されたチューンド・ルノー・エンジン(83ps)は0-97km/h加速が9.3秒、最高速度が時速115マイル(185km/h)。ツインカムの47は、同加速タイムが5秒、最高速度は時速約165マイル(266km/h)に達する。

いずれも一体成型のFRPボディを纏うが、47のものはロードカーの46よりも薄く、軽い。これにより車重610kgと軽量なS1をフライ級の558kgまで減量した。

サスペンションにも同様の考えが反映され、同じシステム(前:改良型チャプマン・ストラット、後:テレスコピック・ダンパー/スプリングの全輪独立懸架)ながら、あらゆる点を改良している。

ヒンジ開閉式のウインドウ。FRP製のボディ・スキンも46よりも薄く軽量。

ロード・バージョンのヨーロッパS1は

しかし、296台のみ生産されたヨーロッパS1の前期(S1A)は、固定式シートにハメ殺しのウインドウ、ドア・ハンドルは省かれ、内装も最低限に絞るなど、レーシングカー顔負けのスパルタンな造りにしている。後期のヨーロッパS1(S1B、400台弱生産)と販売台数が比較的多いタイプ54 S2(3615台)では実用性を高め、パワー・ウインドウやスライド・シートなど、様々な快適装備を追加。

ヨーロッパの生産開始後5年を経て発表された「ツインカム」ことタイプ74(後にビッグ・バルブ・ヘッドを採用し「スペシャル」に)も同様に快適性が重視されている。こうした派生モデルは、1975年にエスプリが誕生するまで5,000台近くが販売され、最終的に0-97km/h加速を6.6秒まで短縮、最高速度を時速123マイル(198km/h)まで引き上げた。

メカニカル・パーツはレーシングカーそのもの

47は、コンペティション・モデルの需要を意識して、タイプ番号をロードカーの46よりも上にしたが、開発自体はともに進められ、発表も同時に行われた(47を先に制作という意見もある)。47は自社工場ではなく、ロータス・コンポーネンツが組み立てを担当。太いリア・タイヤ、大きなアーチ、バンパーのないフロント、発表後に追加されたエンジン・ベイの冷却用ベントが特徴になっている。

実用的なキャビン。


また、ロード・モデルと同様に、FRPボディをバックボーン・シャシーに接着剤で固定している。シャシー自体は、エランと同じくボックス断面のプレス鋼板製だが、リア・ホイールとタイヤの位置を考えて長さを切り詰めた。

シャシーに取付けられるメカニカル・パーツはレーシングカーそのもので、多くをロータス 22/23や69から流用。すなわち、1594ccのコスワース・フォード13Cツインカム・エンジン(167ps)、ヒューランド製FT200 5速トランスアクスルに加え、ボトム・ウィッシュボーン・トップリンク式/デュアル・ラディアス・アームというF2仕様のリア・サスペンションを採用した。

ドライサンプ用のオイルタンクはフロントに設置。

貴重な「Fスペック」モデル

取材車両はわずかに公道向けに造られた貴重なFスペックで、記録によれば6台あるいは7台しか製作されていない。配色がロータスの資料とは異なるものの、1971年から始まる確かなヒストリーがあり、極めてオリジナルな個体だ。この47は80年代初期から保管され、現オーナーが「箱に入った部品の山」として入手。

そして、あらゆる履歴を再現する決意とともに「工場出荷時の状態を正確に」復元したのだ。以来、公道走行とトラックをたまに走るだけに留めている。なによりも素晴らしいのは、まるで新車時代から分解もリビルドもしなかったと思えるほど状態が良いことだ。

「実際に新車のように走りますよ」と、オーナーが耳打ちする。では、試してみよう。

47はレーシングカーの血統と風格を感じさせる。ロータスの成功の勲章であるバッジが誇らしい。

弾丸のように飛び出す

エンジンを始動すれば騒々しいノイズがクルマ全体を揺さぶる。あまりに耳のそばにエンジンがあるので鼓膜を痛める不安に襲われる。シフト・レバーに描かれたドッグレッグ・パターンに従ってギアを入れ、クラッチをミートし、幅広のリア・タイヤ(6.00/12.00-13S)にパワーを伝達する。タイヤが簡単にスピンしたかと思うと、尻を振る気配さえなく、弾丸のように飛び出した。

このクルマは、もともとインジェクション仕様だったものを、大半の47と同様に、扱いやすいウェーバー製のキャブに交換している。

サーキット向けのハイ・ギアリングなうえ、インジェクション仕様の発進は5,000rpmまで回す必要があったことを考えると、2基の45キャブによってユーザビリティが高まったようだ。前オーナーによれば、この47にテカレミット=ジャクソンのインジェクションと、極めてギア比の高いFT200トランスミッションがついていた頃に、最高速度171マイル(275km/h)を記録したという。その時は瞬間的に10,000rpmまで回転が上がったのでエンジン・ブローを心配したそうだ。

信じがたいほどシャープで速い

そんな冒険をせずとも、47の走りは泣きたくなるほど速く、信じがたいほどシャープだ。26Rよりも純粋なレーシングカーに思えるし、剛性は高く、しなりも少ない。おそらくは誤った感覚だろうが、安定感も高い気がする。このクルマの正体をシート・パッドの厚みだけで判断するのはナンセンスだ。

しかし、47の素晴らしさはむしろその細部にある。完全にオリジナルとはいえ、使い込まれた中古車なりにキャビンは軋むが、レスポンスの正確さはとてもただのクルマとは思えない。スロットルは驚異的に鋭く、5.25M-13の前輪から伝わるステアリング・フィールは期待をはるかに上回るほどダイレクトだ。

段差ではハンドルがとられ、癇癪を起こした赤ん坊のように跳ねるものの、車高が極めて低いため、道路とほとんど一体化したような気分だ。ブレーキ・ペダルを強く踏み込んだ場合も同様。

標準仕様のブレーキはオーバーヒートの懸念があったが、オールラウンド・ディスクと特製キャリパーの47では、靴の踵をアスファルトにめり込ませるような感覚を味わえる。また、ヒューランド製トランスミッションは、クロス・レシオのギアを適切に選べば素晴らしく従順なものの、不注意に操作すると言うことを聞かない。

F2仕様のリア・サスペンション。ツインカム・エンジンは、インジェクションの代わりにツイン45で燃料を供給。

惚れ惚れするようなフィードバック

惚れぼれするようなフィードバック、それが47である。走っていると、まるでクルマの一部になったみたいだ。エンジン・ノイズは騒々しいが、甘美でもある。ただし、トランスミッションは耳障りだ。

走りに100%集中していないと、つまり停車中は、細部がいろいろと気になるが、全体のバランスは驚くほど取れている。47のコクピットに入りオリジナルのハーネスを締め上げると、広いキャビン(グローブ・ボックスまである)には180mphスケールの速度計とレッド・ゾーンのない1万rpmまで刻まれた回転計が目に入る。

つや消しアルミのダッシュボードに灰皿を見つけると、本当はロードカーではないかと思えてくる。しかし、そんなことはない。固定式のシートに沈み込み、上向きに視線を投げ、リムの細い見事なステアリングと背の高いシフト・レバーで戯れれば、自ずと気づくだろう。

燃料計はないし、運転席の窓には丸穴が空いているし、それにあちこち47Fとスタンプされたダイモ・テープがラベリングされている。

コンソールの真ん中には大きな油圧警告ランプ。

ロードカーの仮面をかぶったレーシングカー

こうした外観上の特徴に加え、脚まわりにはブレーキ・バランス・バーが搭載されているし、ピロ・ボールも見えるうえに、タイヤの脱着時にはリア・サスペンションのトップ・リンクを外さなければならない。

シャシーは切り詰められ、リアのクレードル部も異なっている。これを知れば、偉大なジョン・マイルズがシェブロンB8の登場まで、47でグループ4を席巻したのも頷ける。そう、当時の金額で2,600ポンドのキットカーが、本格的レーシングカーを圧倒し、時には屈辱を味合わせたという。

しかもそれがレーシングカーではなく、公道でも走れる点が見事だ。ただ、誤解しないで欲しいが、このクルマは決してホモロゲーション用のスペシャル・モデルではなく、ロードカーの仮面をかぶった純粋なレーシングカーだということ。F1ではなく、マクラーレンM6のようなものだ。

それでピンと来なければ、47で走ってみればいい。とにかくエンジンを始動すれば分かるはずだ。
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