東芝取締役の平田政善氏(つのだよしお/アフロ)

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 会計士と企業のなれあいが、粉飾の温床となる――。

 粉飾決算では、この問題が常に指摘される。4大監査法人のひとつで、約40年の歴史を持つ名門、みすず(旧・中央青山)監査法人が2007年7月31日に解散した。ヤオハン、山一證券、足利銀行、カネボウ、日興コーディアルグループ、三洋電機など、監査先企業の不透明な決算が次々と明らかになり、解体に追い込まれた。

 致命傷になったのは、カネボウの粉飾決算であった。金融庁は06年5月10日、カネボウの粉飾決算をめぐり監査体制に重大な不備があったとして、中央青山監査法人に業務停止処分を下した。同年7月1日から8月31日までの2カ月間、上場企業などに対する法定監査業務を停止するという厳しい内容だった。会計監査を担当した中央青山の公認会計士が、1999〜2003年3月期決算のカネボウの有価証券報告書について「虚偽記載がありながら、故意に虚偽はないものとした」行為に対する措置である。

 しかも会計士は粉飾に目をつぶったのではなく、粉飾の指南役も務めていた。企業会計の番人としての信頼性を大きく損ねたのである。

 カネボウは05年4月、「経営浄化調査委員会」の調査結果に基づき、03年3月期までの5年間で粉飾額が2156億円に上ることを公表した。決算を訂正した結果、03年3月期の連結債務超過は1538億円に拡大した。

 カネボウの帆足隆・元社長、宮原卓・元副社長ら旧経営陣の起訴から3週間後の05年9月13日、東京地検特捜部は粉飾を指南し故意に見逃していたとして、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、会計監査を担当した中央青山の代表社員、佐藤邦昭ら公認会計士4人を逮捕した(このうち3人を起訴)。中央青山の本部がある霞が関ビル32階に係官が踏み込み、関係書類を押収した。

 カネボウの監査チームのリーダーだった佐藤は、苦学力行の人物である。高校卒業後、働きながら大学の夜間部に通い、会計士の試験勉強を続けたという苦労人で、中央青山の前身の中央会計事務所設立当時から在籍していた古参会計士である。カネボウの監査に携わったのは1993年3月期決算から。それまで長い間、カネボウの監査を担当していたのは谷良平だった。検察から「会社の立場を優先して、架空売り上げなどを発見しても容認した」と指弾された会計士が谷である。

●巨大監査法人への道

 カネボウの粉飾は繊維部門だけではなかった。賞味期限切れの食料品など約145億円の不良在庫が、資産に計上されていた。

 谷の引退で監査チームのリーダーに昇格した佐藤も、粉飾を指南する立場になった。粉飾指南の報酬は、年間に約1億円に上った。だが、その代償は大きかった。06年8月に佐藤は懲役1年6月、執行猶予3年、他の2人は懲役1年、執行猶予3年の有罪判決。中央青山は業務停止処分を受け、解散へ追い込まれていったのである。

 中央会計事務所の発足と同時に入所したのが、早稲田大学第一商学部を卒業した奥山章雄・前理事長だ。中央会計の第1期生である。カネボウの粉飾決算事件で引責辞任したが、2001年から04年まで日本公認会計士協会の会長を務めた。会長時代には、竹中平蔵金融・経済財政政策担当相(当時)のもとで大手銀行の不良債権処理の進み具合を点検する作業チーム「金融問題タスクフォース」のメンバーとして、金融再生プログラムの監視役を務めた。さらに、再生プログラムの推進機関として設立された産業再生機構の非常勤取締役に就任し、その支援先を最終決定する産業再生委員会の委員にもなった。

 中央会計の創設者たちは、日本で最大の会計事務所を目指し、中小の監査法人を次々と呑み込んでいった。1988年に新光監査法人と合併して中央新光とし、93年、中央監査法人に改称。2000年に青山と合併して中央青山となり、01年に伊東会計事務所を吸収合併した。

●チェック機能の喪失

 中央青山は分裂前の06年4月時点で、代表社員450人、公認会計士1371人、公認会計士補726人、職員1004人の合計3551人が働いていた。監査を行う企業は、800社余りの上場企業をはじめ約5300社あった。東証1部上場企業に占める中央青山のシェアは21%に達していた。

「他の監査法人にも不正監査がないわけではないが、中央青山に問題監査が集中した原因は、巨大な会計事務所をつくる過程での組織づくりにあった」

 監査法人の動向に詳しい金融関係者は当時、こう指摘した。

「監査法人は、組織のなかに個人の会計事務所が多数あるようなものだ。なかでも中央青山は公認会計士を取り込むにあたり、彼らの独立性を最大限に認めた。代表社員をトップにした数人のチームが企業の監査に当たるが、その内容や手法は代表社員に任せっきりで、内部で厳しくチェックされることはなかった。同じフロアで仕事をしながら、他の会計士がカネボウや日興、三洋電機の監査はおかしいと思っても、口出しができないような組織になっていた。自分の顧客に口を出させない代わりに、他の顧客のことにも口を出さない。

 代表社員は少数の顧客を長年担当するから、心情的にも顧客を守る立場になる。専門知識を生かして粉飾の手ほどきをする会計士が出てくるのも自然の成り行きだった。中央青山は組織としては巨大になったが、代表社員のサジ加減ひとつで、すべてが決まる体質を温存してきた。まさに党中党。それで問題監査が集中的に現れた」

 もともと監査法人は、先輩会計士を中心としてひとつの監査チームをつくることから閉鎖性が強い。そのうえ、合併を繰り返してきたため、旧会計事務所の公認会計士たちの相互の交流はほとんどなかった。自分を守るために、見て見ぬふりする相互不可侵条約が暗黙のうちにできあがり、チェック機能が喪失してしまったのである。

 ちなみに中央青山がカネボウの粉飾決算をめぐり06年5月に業務停止処分を下され、中央青山から独立するかたちで発足したのが、東芝の現監査法人であり、同社の16年4〜12月期決算について監査法人の「意見不表明」というかたちでの発表に追い込んだPwCあらた有限責任監査法人である。
(文=編集部)