プロの書き手はここが違う「ネットにない情報の探し方」近藤正高×米光一成

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雑誌『テレビブロス』に「ウィキ直し!」というコーナーがある。Wikipediaのページをその本人に見せ、訂正や補足を自筆で書き込んでもらうのだが、毎回びっしりと訂正が書き込まれていて驚く。

すぐに情報が手に入るネット検索だが、信憑性や偏りは無視できない。では古今東西の文献から丹念に情報を集めようと思うと、なかなか効率的にいかない。締切などのタイムリミットも迫ってくる。どうすれば。

こうなったらプロにコツを聞こう。5月9日、都内で「ネットにない情報の探し方」というイベントが開かれた。登壇したのは『一故人』を上梓した近藤正高と、宣伝会議の編集・ライター講座の講師も務めるゲーム作家の米光一成。

『一故人』は、鬼籍に入った著名人の生き様を多くの資料を元に紐解く一冊。近藤は訃報を聞いてから資料を集め、一ヶ月弱で40〜50本の参考文献に目を通すという。いったいどうやって情報を探し、構成し、まとめあげているのか?


バスの中から貸出予約。3週間で参照した文献46本


イベントでは、『一故人』に収録されている「蜷川幸雄 子連れ演出家が娘に伝えたこと」を例に、訃報を知ってから原稿を書き上げるまでのプロセスを追っていく。

蜷川幸雄が亡くなったのは2016年5月12日のこと。近藤が訃報を知ったのは高速バスの車中。東京から自宅がある名古屋へ帰るところだった。

近藤「訃報はネットニュースで知ったんです。これは『一故人』で書かねばと思って、すぐにその場でスマホから地元の図書館に片っ端から貸出予約を入れました。図書館の貸出冊数には制限があるので、愛知県内だけで10館の利用者カードを持ってます」


イベント参加者に配られたレジュメには、このとき近藤が参照した文献のリストが載っている。本人の著書や周辺人物の著書、雑誌のインタビュー記事など、その数46本。これを掲載日(同年6月3日)までの約3週間のあいだに参照し、使える情報を取捨選択して原稿に起こす。まずはどこから手を付けるのか……。

近藤「僕、本を読むのが遅いんですよ。分厚い伝記を読むと時間が無くなってしまうので、まずは生涯をざっくりつかめる本やインタビューに目を通します。そこでテーマを見つけて、さらに掘り下げていく形です。実際に原稿を書き始めるのはギリギリで……締切2日前とかですね」

蜷川幸雄の回はテーマを「子育て」に決めた。蜷川幸雄は娘(蜷川実花)が幼かった頃、主夫として家事育児を担っていたことがある。ちょうど世間では待機児童問題が話題になっており、読者の関心ともマッチした。さらに掘り下げると小池一夫の「子連れ狼」に行き着く。これだ!と子連れ狼を切り口にし、書き出しも「蜷川幸雄が愛読したコミックに……」と子連れ狼から始めた。

米光「『一故人』がすごくいいなと思うのは、書き出しが全部切り口なんだよね。切り口が立ってるから、人生の色々なことに触れても一本の筋が通っている」
近藤「最後も書き出しに絡めるようにして、一つのテーマに収束するように心がけてます。やっぱり、テーマが見つからないと書けないですよね」

図書館や電子書籍を使い倒す


『一故人』の場合、人物に関する調査だけでなく、人物が活躍した分野についても調べるという。背景を知らないと的外れな文章になってしまうからだ。

そのため、近藤の調査はとにかく図書館を使い倒す。愛知県在住のため、雑誌記事は国立国会図書館サーチで当たりをつけ、地元の図書館で請求するか大宅壮一文庫の「資料配送サービス」を使う。新聞記事は図書館にある縮刷版で探す。図書館で借りられなかった本は電子書籍で買うこともある。

近藤「電子書籍はすぐに入手したいときに重宝しています。内容をキーワード検索できるので、例えば本の中の一部にしか目的の人が出てこない、という時も検索すればすぐに確認できます。この資料なら、と購入して検索して……外れることもあるんですけどね」

人物を多面的にとらえるため、第三者による記述にもあたる。その際、特に注意するのは「孫引き」。資料内の引用文をそのまま引用するのではなく、必ず引用元の原典にあたる。恣意的に引用されている場合があるからだ。いわゆる裏取りの作業であるが、ではどうしても裏が取れない場合はどうするか。


近藤「『タモリと戦後ニッポン』を書いたときは、山下洋輔など直接関係者に当たって話を聞いたりしましたね。それでも裏が取れなければ諦めるか……もしくは、様々な証言を並べて、事実の「近似値」を提示するか」
米光「まさに芥川龍之介の『藪の中』みたいなもんで、証言者によって話が全然違ってたりする。でも「証言が全然違う」ことがそれこそ事実なわけだから、そこが面白かったりするよね」

「ネットにない情報の探し方」というタイトルのイベントであるが、情報を探す手段だけでなく、得た情報をいかに文章に落とし込むかというライティングの方法論まで話は及んだ。

「自分が興味あることを続ける」


ところで、近藤は蜷川幸雄の原稿に着手する以前から、蜷川演出の舞台を観劇したり、演劇の歴史を調べるなど既に予備知識があったという(テーマの「子育て」も予備知識を元にすぐ決まった)。「一故人」に限らず、原稿を書く過程で調べ物を繰り返していると、興味があるものがどんどん増えていく。近藤はフリーライター歴20年。蓄積も大きくものを言うのだ。

米光「今日はスピードを盗もうと思ったけど……。結局、長くやってるのって大きいよね」
近藤「若いころからのつまみ食いを活かせるのは、ネット検索よりも大きいですね」
米光「俺はゲームなら30年やってるから、ゲームなら書けるし、勘所もある程度わかる。でも近藤さんは守備範囲が広いし、その中で切り口を作って、全体を俯瞰して……大変じゃん!」
近藤「いやぁ……やっぱり蓄積ですかね……。記事を書くことで興味が湧いてくることもありますし。気になったものは、なんでも手を出してみることかなと思います」

配布されたレジュメには「自分なりのデータベースをつくろう」という項目もあった。スクラップやエクセルなどで情報をまとめるほかにも、興味を持った対象に長く取り組むことで「脳内データベース」も育っていく。脳内データベースが充実すれば、参考文献を探すときにも当たりがつけられるし、調査のスピードもあがっていく。

近藤正高は短時間で多くを調べる「銀の弾丸」を持っているわけではない。フリーライター歴20年という経験と、幅広い興味による蓄積が原稿を支えている。

イベントの最後。米光は「結論!長くやれ!(笑)」と身も蓋もないまとめをしつつ、「若い人にも未来はあるよ」と付け足した。脳内データベースはこれから育てていけばいいのだ。


※参考:高倉健と菅原文太の“意味”を浮かび上がらせる『一故人』生きる指針に - エキレビ!

(井上マサキ)