米国民に向けた演説で、ウォーターゲート事件の責任を全面的に認めるリチャード・ニクソン大統領(1973年4月30日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領による連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー(James Comey)長官の電撃的解任は、米政界の多くの人々にとって、1970年代にリチャード・ニクソン(Richard Nixon)元大統領が取った行動やウォーターゲート(Watergate)事件時代に起きた悪名高き「土曜日の夜の虐殺(Saturday Night Massacre)」を即座に想起させるものだった。

 ニクソン氏は1973年10月20日、ウォーターゲート事件を捜査していたアーチボルド・コックス(Archibald Cox)独立特別検察官の解任を試みたことで、運命の一線を越えた。

 コックス特別検察官は、ニクソン氏が大統領執務室で交わした会話を極秘に録音したテープのコピー提出を要求していた。このテープは、前年にポトマック(Potomac)川河畔のウォーターゲート・ビルで起きた民主党全国委員会(DNC)本部侵入事件について、ニクソン氏が徹底的な隠蔽(いんぺい)工作に関与していたことを証明する鍵となる証拠だった。

 これを受けニクソン氏は、エリオット・リチャードソン(Elliot Richardson)司法長官にコックス氏解任を命じた。だがリチャードソン司法長官は拒否し、抗議の意を示すため辞任。ニクソン氏は次に、ウィリアム・ラッケルズハウス(William Ruckelshaus)司法副長官に命令の執行を命じたが、同副長官も辞任の道を選んだ。両者とも議会に対し、正当な理由なしにコックス氏を解任しないことを約束していた。

 そのため、コックス氏解任の役目は、司法長官代理を務める次の人物であったロバート・ボーク(Robert Bork)訟務長官にまわってきた。議会に対しなんら約束をしていなかったボーク氏は、コックス氏を解任した。

 この出来事はニクソン氏の政治生命とイメージに大打撃を与えた。コックス氏解任後行われた世論調査で、世論は初めてニクソン氏の弾劾支持に傾いた。

 コックス氏の後任として新たな特別検察官が任命され、ニクソン氏は最終的に多くの録音テープの筆記録を公開することに同意した。だが弾劾へ向けた勢いを阻止することはできず、ニクソン氏は1974年8月8日に辞任した。

 当時を知る人々は、トランプ大統領のコミー長官解任との間に顕著な類似点を見いだすと同時に、異なる点も指摘している。

 ニューヨーク(New York)のフォーダム大学(Fordham University)のアンドリュー・ケント(Andrew Kent)教授(法学)はAFPに対し「両方とも、追い詰められた怒れる大統領が、自身の取り巻きを積極的に捜査していた独立した人物を排除した」と語った。

 ひとつの大きな違いは、大統領はFBI長官解任の権限を持つ一方で、コックス氏の解任は法律上、「正当な理由」がない限り行えなかったことだ。

 FBI長官解任の前例は1件のみで、1993年、当時のビル・クリントン(Bill Clinton)大統領によるウィリアム・セッションズ(William Sessions)氏の解任だが、理由は比較的ささいな倫理違反だった。
【翻訳編集】AFPBB News