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欧米に蔓延する「自国第一主義」症候群

 ドナルド・トランプ米大統領の「米国第一主義」に触発されたのだろうか。「自国第一主義」シンドローム(症候群)が西欧に蔓延し始めている。

 「内向き」傾向顕著な英国しかり、大統領選を終えたばかりのフランスでも「フランス第一主義」を掲げる極右のジャン・マリー・ルペン候補が敗れたとはいえ、主要政党候補を抑えて本選挙にまで進出した。

 1月にトランプ大統領と初の首脳会談を行ったテリーザ・メイ英首相は、英米の「特別な関係」(ウィンストン・チャーチル首相が1946年に最初に使った)の堅持を謳い上げる一方で、欧州連合(EU)離脱で「完全な独立した主権国家」を目指すと脱欧を改めて宣言した。

 欧米共に背景にあるのは実利優先主義だ。それだけ余裕がなくなっているのだ。

 「我が国を蝕み、テロを生む移民や難民の入国はお断り」

 「外国企業の不動産買いや外国製品の氾濫はまっぴら。自国の製品を最優先し、自国の労働者の仕事を守ることを最優先に」

 かって世界をリードした懐の深い英米の面影は薄まるばかりだ。戦後の民主主義、自由貿易体制を主導してきたアングロサクソン・パワーはどこへやら。問題はそうした大衆の心をつかんだレトリックが実際の外交の現場でいつまで通用するか、だ。

 もっとも英国も米国も皆が皆、「自国第一主義」がベストだと考えているわけではない。ひとたび新聞を広げれば、世界の動きがいかに自国の金融、経済、安全保障に大きな影響を及ぼしているのが分かる。

 「国際派を中心とするインテリ層にとって、このグローバル社会にあって、一国だけが『自国第一主義』を貫こうとしても無理なことは外交の基礎知識。米国の場合、世界の動きに米国がどれだけ影響力を与えられるか。それは権利であり、義務」(米主要シンクタンクの上級研究員)。

 ところが「反知性主義」「反エスタブリッシュメント」を掲げて勝利したトランプ熱からまだ米国民は冷めやらない。バイ・アメリカン(米国製品を買う)、ハイヤー・アメリカン(米国民雇用最優先)は愛国心の高揚に役立っているのだ。

 今ここで「米国第一主義」をこき下ろすのは流れに掉さすようなもの。言論界はじめ学界でも国際派が沈黙しているのはそうすることが賢明ではないと感じているからだ。

「知性、外交経験」で
トランプ大統領が足元にも及ばぬ黒人女性

 その最中、「米国第一主義」がもてはやされている中で、「トランプさん、あなたの『米国第一主義』って間違ってるわよ」と勇気ある発言をした黒人女性がいる。

 ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領の下で米史上初の黒人女性国務長官を務めたコンドリーザ・ライス氏(62)だ。

 現在名門スタンフォード大学教授。ロシア研究の権威だ。国務長官を辞めた後はカリフォルニア州知事を狙っているという噂もあった人である。ライス氏は、5月9日発売された新著で「米国第一主義」批判の先陣を切った。

 「Democracy: Stories from the Long Road to Freedom」(民主主義:自由への長い道のりの物語)

 ライス氏は、南部アラバマ州バーミンガムに生まれ、音楽教師だった母親の影響を受けてピアニストを目指すが、大学時代、恩師のマディレイン・オルブライト教授(のちの女性初の国務長官)の薫陶を受けて国際政治論専攻に転向。

 スタンフォード大学時代知り合ったブラント・スコウクロフト教授(のちの大統領安全保障担当補佐官)に認められて研究グループに参加し、その12年後にはブッシュ大統領の国家安全保障担当補佐官、国務長官を歴任した超才女である。むろん、れっきとした共和党員だ。

「あなたは品格・業績面で大統領には不適格」

Democracy: Stories from the Long Road to Freedom by Condoleezza Rice


 実は、トランプ氏とライス氏には因縁がある。2016年の大統領選の最中、ライス氏は2016年10月、ツィッターにこう書き込んだ。

 「もう沢山だわ! ドナルド・トランプは大統領になるべきじゃありません。選挙戦から降りなさい。私は共和党員として、地球上で最も偉大な民主主義国家である、この国の最高権力者の座に就くだけの品格と業績のある別の人物を支持したい」

 これに対してトランプ氏はツィッターで「なんだ、Bitch(あばずれ女)が」と反発したことがある。

 おそらくこの当時から本書の執筆構想を練っていたのだろう。一方は国際政治学の権威、しかもブッシュ政権で8年間、現実外交を立案、実践してきた外交専門家だ。トランプ氏の無手勝流外交政策には目を背けていたのだろう。

 そのライス氏をトランプ大統領は今年3月31日、ホワイトハウスに招いている。話し合いの内容は一切明らかにされていない。大統領はその直後、ツィッターで「今日、素晴らしい女性、コンドリーザ・ライス元国務長官と意義ある会合を持った」と発信している。

「奇形児を抱えながら生まれた合衆国」

 さて、本書の中でライス氏はなぜ「米国第一主義」が誤りなのか、についてこう指摘している。

 「アフリカやアジア、中南米の人々は自由を求めて立ち上がっていた。子供だった時、私自身の身の回りでも『第2の建国』の動きが繰り広げられていることに目覚めた」

 「私の住むアラバマ州バーミンガムは公民権運動の発祥の地。それが全米各地に広がり、その結果、黒人の公民権が認められた。そして(憲法に書かれている)『We the people』(我ら人民)は私のような黒人にも適用され、米市民としての自由と権利を得る時代が到来した」

 「はっきり言って、米国は『奇形児』を抱えながら建国した国家だ。奴隷制度を黙認したまま建国したからだ。その意味で公民権法が成立し、黒人に対する公的差別が取り除かれたことで『第2の建国』を実現したと言える」

 どこで生まれ、どこに住もうとも、人間が自らの自由と権利をつかみ取ることほどスリリングなことはない。そのことを世界中で実現させることは米国という国家に託された使命であり、それこそが21世紀における米外交政策のバックボーンでなければならない」

 偉そうなことを言うライス氏にも脛に傷がある。ブッシュ・ジュニア(息子)が史上最低の大統領の1人とされている要因の1つはイラクへの侵攻だ。

 当時、軍事外交を牛耳っていたディック・チェイニー副大統領、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の責任だったとはいえ、国家安全保障担当補佐官だったライス氏にはその責任の一端がある。

 ライス氏が政権の中枢で外交政策を立案、実施した過程で無謀なイラク侵攻があり、イスラエル・パレスチナ交渉の失敗による過激派組織ハマスの台頭があった。

 アルカイダ捕虜に対する拷問もあった。失敗も後退もあった。ライス氏はそれを認めつつ、それでもこう強調する。

 「我々は現時点でのタイムライン(適時性)を掌握せねばならない。今知り得たことは明日何をするかに役立つ。しかし昨日起こったことには何の意味もなさない」

 「確かに世界中に自由と民主主義を拡散させることは難しい。だが米国はそのモラル上の責任から逃れられない国家なのだ。長い目で見て、そうすることこそが米国の安全保障をセーフガード(強固に守り、維持する)する唯一の政策なのだ」

 「米国第一主義」を掲げて就任100日を過ぎる前にトランプ大統領は、「瀬戸際外交」をばく進する北朝鮮の金正恩委員長に軍事外交両面から強硬手段で臨んだ。

 シリアでは化学兵器を自国民に使用したバッシャール・ハーフィズ・アル=アサド政権の軍事基地に猛攻を加えた。

 米国民のことを最優先に考えると言ってきたトランプ大統領の「公約」に反する行為だったのではないのかとの意見もあるだろう。しかし、米国民の大多数はこの行為を支持している。これをトランプ大統領の「公約違反」と批判する声は聞かれない。

似て非なるトランプとプーチン

 ライス氏は最近、CBSテレビとのインタビュー(5月7日放映)に応じている。インタビューでは「米国第一主義」には特に触れていない。話はトランプ大統領とも気が合っているというウラジーミル・プーチン露大統領に及んだ。

 「私ほどプーチン氏と会った人間はいないと思うわ」と言いつつ、厳しいプーチン観を披露している。

 「プーチン氏は開花し始めたロシア民主主義の土台を体系的に壊してきた。まず報道機関、特にインターネット・ジャーナリズムを攻撃した。次に反対派勢力、最近では敵対者たちを次々潰している。ロシアでは民主的な機関が強固な土台を作れない状況が続いている」

 主要メディアとの「戦争」を続けるトランプ氏について、インタビュアーが「プーチン氏とトランプ氏に共通する点があると思うか。米国でも起こり得るか」と質問すると、ライス氏はこう答えている。

 「米国では起こるとは思えない。民主主義というものは生き物だから、何が起こっても不思議だとは思わない。しかし(ロシアのような事態が)米国であり得るとは思えない。なぜか。米国という国家には最高権力者に絶対的な行政権限を与えるようなDNAがないからよ」

 ライス氏の言葉の節々には、「米国第一主義」を政治理念にしているトランプ大統領も(そして米一般大衆も)基本的には、米国という国家が国際秩序の中で「特別な使命」を託されていることを暗に分かっているという安堵感のようなものが感じられる。

筆者:高濱 賛