伊藤忠本社(撮影=編集部)

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 2016年は、外資系投資ファンドの日本市場への参入が目立った。一部のファンドは、あらかじめ対象企業の株式を空売りし、当該企業の不正会計や会計上の不備を指摘する「売り」を推奨するリポートを公表。株価が下がり、安値となったところで買い戻して利益を得る手法をとる。財務諸表や監査報告書など、公表されたデータに基づいて分析している。

 伊藤忠商事、丸紅、サイボーグ型ロボット「HAL」を開発したCYBERDYNE(サイバーダイン)、クラウドなどを対象にした自動監視システムのJIG-SAW(16年5月にジグソーから社名変更)などがこうしたファンドの標的になった。加えて、時価総額2兆円を誇る空気圧縮制御機器メーカーのSMCや小型モーター最大手の日本電産も試練の場に立たされた。

 問題点を指摘された企業は「会計処理に問題はない」とするプレスリリースを出したり、否定の記者会見を開いた。それに対してファンドは追加のリポートを出して追撃するなど熾烈な戦いが続いた。ファンドの攻撃は監査法人にも及んだ。折しも東芝の不正会計が発覚し、ビジネスチャンスとばかりに日本企業に照準を合わせた。

●伊藤忠

 米グラウカス・リサーチ・グループは16年7月27日、伊藤忠の会計処理について疑問を呈するリポートを出し、「目標株価は631円」とした。リポートが出る前、同月26日の株価は1262円であり、半値に暴落するという衝撃的な内容だった。リポートが発表された直後に株価は一時、前日比126円50銭(10%)安の1135円50銭まで下げ、年初来の安値を更新した。

 その後は下げ渋り、終値は79円50銭(6.3%)安の1182円50銭だった。短期筋の売りが膨らんだため、出来高は4162万株(前日は625万株)と6.6倍、売買代金は489億円。データが残る1997年以降で最高額となった。東証1部の売買代金では、任天堂、トヨタ自動車に次いで3位となった。

 グラウカスは日本企業に襲い掛かると予告していたが、伊藤忠にとっては寝耳に水のパニックとなった。グラウカスはリポートで「弊社は伊藤忠に売りポジションを保有しており、同社の株価が下落すれば相当の利益が実現する立場にある」と明らかにしている。日本語のリポートは44ページにわたっているが、末尾の免責事項に「直接的または間接的な空売りポジションを有している」と記載されている。

 こうした手法では、証券会社から株を借りて(証券会社側から見れば貸株)売る。株価が下がったところで買い戻して儲ける。兜町筋は外資系証券会社が貸株をしているのだろうと推測していた。一般に、貸株の手数料はかなり高い。リポートが出された日、伊藤忠株は一時10%下がった。仮にここで買い戻したとしても、「相当な利益」が実現したかどうかは不明というのが専門家の共通認識だった。

 その後の伊藤忠の株価をみてみると、リポートが出る直前の株価は上回っているが、17年5月2日の終値は1627.5円。増配と自社株買いの発表を受け31円高となったが、当日のそれ以前の株価は1500〜1600円で推移していた。

 グラウカスのリポートが出た直後、伊藤忠は監査法人トーマツから「適正との意見を得ている」と反論した。トーマツは4大監査法人のひとつで、海外の大手監査法人を指すビッグ4のひとつ、デロイト トウシュ トーマツリミテッドのメンバーチームだ。

●サイバーダイン

 16年8月、米投資情報会社シトロン・リサーチが介護ロボットのベンチャー企業、サイバーダインに対して攻撃的な文言のリポートを出し、売りを煽った。サイバーダインの監査法人もトーマツである。

 サイバーダイン株も急落した。16年8月16日の東京市場では一時、前日比225円安(11%安)の1852円まで売られた。売買代金は前日の9倍。売りを仕掛けた米調査会社シトロン・リサーチはサイバーダインの株価を「世界で最も馬鹿げた株価」と酷評し、目標株価を300円(85%安)とした。19日の終値は1681円。リポート発表前の15日終値に比べて2割安くなった。17年5月2日現在のサイバーダインの株価は1571円。売り叩きの傷は癒えておらず、リポートが出る前に比べて25%も安い。

 ファンドが日本市場に参入するなか、これまであまり知られていなかった調査会社が影響力のある存在として登場してきた。それがウェル・インベストメンツ・リサーチだ。15年12月に「巨額の減損リスク」と題する、丸紅が減損処理を意図的に遅らせているのではないかという疑惑を投げかけるリポートを公表した。丸紅の15年12月30日の終値は625.1円。17年5月2日の終値は693.0円だから、株価の反発力は弱い。

 丸紅の監査は新日本有限責任監査法人。国内4大監査法人のひとつで、海外の大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのメンバーファームである。新日本監査法人の16年6月期の売上高は1064億円。ちなみに4大監査法人の売上高は、トーマツが964億円(16年9月期)、あずさ監査法人が898億円(16年6月期)、PwCあらた有限責任監査法人が370億円(16年6月期)である。監査法人は200近くあるが、4大監査法人の寡占化が進んでいる。

 ウェル社は16年4月、JIG-SAWに関するリポートを公表。同社の監査法人は新日本監査法人。JIG-SAWの株価は同年6月24日に5300円まで下落。17年5月2日の終値は6240円まで戻った。

●SMC

 ウェル社は16年12月、空気圧縮制御機器大手のSMCについて「子会社の連結外しによる損失の隠匿、利益率、棚卸し資産の過大評価により、財務諸表及び監査報告書に対して大きな疑念を持っている」との見解を表明した。

 加えて、会計監査を行なった清陽監査法人に対しても、「SMCは時価総額2兆円の大企業で多くの海外子会社を抱えているのに、監査法人は小規模。これだけ複雑な大企業の監査ができるのか」と疑問を呈した。清陽が入居するビルにSMCの子会社が入居している点や、前身の監査法人がいくつかの企業の粉飾を見抜けなかったことを上げ、独立性や信用性が低い根拠としている。

 SMCの株価は同年11月29日に3万2990円の年初来の高値をつけていたが、ウェル社のリポートが12月13日に発信されると急落。16日の終値は2万7850円で高値から16%安の水準となった。一時は2万4000円台まで株価は下げた。1989年の上場以来、小規模な監査法人、清陽を使い続け、この点を突いて「財務諸表などが信用できない」とウェル社は指摘したわけだ。SMCはリポートが出た後も、明確な監査法人の選定理由(選定基準)を公表せず、現在も監査法人を変えていない。

 SMCの株価はその後、反発した。17年5月2日の終値は3万1410円(270円安)。17年の年初来高値は3万3960円である。16年11月末の株価と比較すると5%安。高値同士の比較だと3%高だが、完全にダメージから脱したわけではない。

 清陽の前身は桜友共同事務所。桜友が監査を担当していた東証マザーズ上場の半導体製造装置メーカー、エフオーアイは、売上の95%が架空だったことが発覚し、10年5月に破産している。新規上場から上場廃止まで7カ月という最短のワースト記録をつくった。ちなみに、清陽のクライアントにはSMC以外で業界を代表する企業はない。

 ウェル社は自ら株の売買を行わない。投資家は料金を支払い、同社のリポートを読むことができる。ファンドの指南役といえる。

●日本電産

 米調査会社マディー・ウォーターズは16年12月、日本電産が「過去4年間、M&A(合併・買収)を除いた自律的な成長はしていない」「強引な会計手法を使っている」として同社株を空売りしていると表明した。

 日本電産の監査法人はPwC京都監査法人(16年12月に京都監査法人から名称を変更)。前身はかつての4大監査法人の一角だった中央青山監査法人。カネボウの粉飾決算事件などで業務停止処分を受け、みすず監査法人と改称して再起を図ったが、日興コーディアルグループの会計不祥事が致命傷になり解体された。みすずの京都事務所が京都監査法人として独立した。現在は世界のビッグ4のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のメンバーに加わっている。

 日本電産は狙われるべくして狙われたという見方がある。投資ファンドの米マディーは米国時間で16年12月12日、日本電産の業績や会計処理に疑義があるとするリポートを公表し「日本電産株を空売りする」と表明した。12月13日の日本電産の株価は一時、前日比6%安となったが終値は横ばいだった。

 日本電産は「当社の見解とは全く異なる」と反論した。永守重信会長兼社長は株価にはとても敏感であり、17年1月26日を期限とする自社株買いの上限を240億円から2.1倍の500億円に引き上げ、対抗した。売りに対する対策であることは明らかだ。今月2日の終値は1万260円。16年12月30日のそれは1万85円。1.7%上昇した。日本電産株価の今年の高値は1万1045円だが、1万円を超えると、とたんに上値が重くなる。

 今回のマディーのリポートが出された根底には、ワンマン経営者と比較的規模の小さい監査法人の力関係にまつわる問題が横たわっていると指摘する関係者もいる。
(文=編集部)