川村隆氏(Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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 日立製作所名誉会長の川村隆氏は自著『ザ・ラストマン』(角川書店)で、日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」について書いている。「最終責任は自分が取る。最終決断は自分がやる。自分の後ろには、もう誰もいない」。ラストマンには、そういう深い意味が込められている。

 川村氏は再びラストマンの覚悟で東京電力の改革に挑む。

 経済産業省と東京電力守旧派のトップ人事めぐる2年越しの暗闘は、経産省の勝利で幕を降ろした。6月の株主総会で川村氏を会長に迎え、東電社内の若手改革派、小早川智明氏を社長に据える。現社長の廣瀬直己氏は取締役を外れ、中2階ポストの執行役副会長(福島統括)に棚上げされる。

 東電改革を主導した數土文夫・現会長ら社外取締役と、廣瀬氏ら生え抜き組が鋭く対立した。

 昨年春は廣瀬氏が、後ろ盾の勝俣恒久・元会長など有力OBの力を借りて政府与党に用意周到に根回しをして巻き返し、廣瀬社長は続投した。

 経産省は有識者会議「東京電力改革・1F問題委員会」を立ち上げ、昨年末、福島第一原子力発電所の事故処理費用が従来想定の11兆円から2倍近い計21.5兆円に膨らむと答申した。このうち16.5兆円を東電が負担する。答申は「東電はもっと稼いで責任を全うせよ」と迫る内容で、東電改革の外堀を埋めたかたちになった。

 數土氏は廣瀬氏を道連れにするために会長職を降りた。内堀も埋められた廣瀬氏は退任に追い込まれた。

 経産省と數土氏ら社外取締役は、委員会で「東電解体」に近いラディカルな発言をしていた川村氏に白羽の矢を立てた。川村氏は就任会見で「これまでとはレベルの違う改革・再編に踏み込まねばならない」と意気込みを語った。

 川村氏は経営危機に陥っていた日立をV字回復させた立役者として知られている。日立は2007年3月期に327億円の赤字、08年同期は581億円の赤字、09年3月期は製造業として史上最大の7873億円の赤字を計上した。10年同期も1069億円の赤字。4期連続の赤字で1兆円になんなんとする累積赤字を抱えた。

 子会社に出ていた川村氏は09年4月1日、会長兼社長として呼び戻され、沈みゆく巨艦の再生の陣頭指揮を執ることになった。そのころ、彼は「日立は倒産するかもしれない」と本気で考えていた。

 子会社から呼び戻した中西宏明現会長ら「6人のサムライ」で経営の大方針を決めた。日立改革が成功したのは、子会社に飛ばされ、本体とのしがらみがなかった6人で「経営チーム」を組んだことが大きな要因だ。

 東電改革は成功するのか。しがらみのない「経営チーム」を組めるかどうかが最初にして最大の関門となる。

●廣瀬氏のもとに守旧派が集まる

 今回の人事に1人反対したといわれている廣瀬氏は、取締役を外れるが副会長として残る。ここに守旧派が集結するとみられている。守旧派のドンは依然として勝俣氏であり、勝俣氏より前に社長だった南直哉氏も影響力を持っているとされる。

「守旧派の下には下請け、孫請けが皆ぶら下がっている。いまだに東電は自民党の選挙を手伝っている。国会だけでなく、都議会、県議会、市議会、区議会の議員選挙にまで東電は選挙事務所へ人を出す。政治家も(守旧派に)ぶら下がっている。だから、なかなか解体できない」(電力業界の関係者)

 福島第一原発事故で、勝俣氏ら旧経営陣3人が業務上過失致死罪で強制起訴された。裁判戦術上もあって、裁判が終わるまで守旧派の抵抗は続くことが予想される。事故の対応費用について、日本経済研究センターが総額50〜70兆円に上るという試算をまとめた。経産省が昨年12月に公表した21.5兆円の約3倍だ。

 さらに、早くも川村氏に対する懸念が囁かれている。日立は東電に原発機器を納入し、福島原発事故の廃炉・汚染水対策にかかわる。仕事を発注する東電と受注する日立。双方の経営に深く関与する川村氏は、「利益相反」の状態に近いとの指摘が東電社内からマスコミへ盛んに流されている。

 名経営者との誉れ高い川村氏だが、東電改革のハードルは決して低くない。

●日立に密約説

 永田町界隈では、このような噂が流れている。

 安倍政権と日立の密約説だ。川村氏が東電の会長を引き受けるにあたり、日立は東電の原発事業について、政府から支援の保証(ギャランティ)を取り付けたというのである。世耕弘成経産相は蚊帳の外だという。世耕氏は「自分が川村さんを口説いて東電の会長に就任してもらった」と言っているが、もっと大きな力が働いているとの解説が付く。

 経営破綻して、東芝の手を離れた米ウエスチングハウス(WH)は、ユダヤ系の国際金融資本であるロスチャイルドがバックアップするといわれている。ロスチャイルドの本拠は英ロンドンと仏パリだが、ロンドンのロスチャイルドが英国の原発事業(日立が担当しているプロジェクト)は責任をもって完成させる。

 米国と日本、インドが組んで中国のプルトニウム戦略に対抗していく。18年7月に満期を迎える日米原子力協定を前向きに改定し、その後、米トランプ政権は日本にインドと原子力協定を結ばせる。そして、インドをプルトニウムの拠点として、インドプロジェクトに日立が一役買うという。荒唐無稽だが、官邸筋が大手商社のトップに、こうした構想を披歴したとの情報がある。

 WHは、ロスチャイルドが仲介して韓国電力公社に出資させるが、韓国電力公社には買う資金がないため、ユダヤ系資本が間接的に支援するという構図とも取り沙汰されている。

 こんなストーリーが今年後半から来年にかけて進行するなかで、川村氏の東電会長就任が決まったというのだ。

 川村氏は裏取引をとても嫌う経営者だ。川村氏本人が密約に関与しているとは考えにくいが、日立にとっても原発リスクは避けて通れない、大きな経営課題だ。だからこそ、こんな噂が流れるのだ。
(文=編集部)