累計45万部を突破し、統計家・西内啓氏の名を世に知らしめた『統計学が最強の学問である』シリーズ。

最新刊である『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』に推薦の言葉を寄せてくれた早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄さんと、入山さんの共同研究者で法政大学専任講師の永山晋さんを迎えた鼎談連載がスタートします。

海外の経営学をフィールドとして活躍するお二人に、「ビジネス編」を読んでどう思ったかを存分に語り合っていただきました。(構成/崎谷実穂 撮影/梅沢香織)

第3弾を 「リサーチデザイン」の話から
書いた理由

入山章栄(以下、入山) 僕は『統計学が最強の学問である ビジネス編』の帯に「やられました!」と書いたんです。それはお世辞じゃないんですよ。僕が担当する早稲田大学ビジネススクールの学生に「伝えたいなあ」と思っている大事なことが、悔しいほどにわかりやすく、おもしろく書かれていたんです。

西内啓(以下、西内) ありがとうございます。

永山晋(以下、永山) 「統計解析しても実際のビジネスで成果があがらないのは、リサーチデザインの知見がないからだ」という冒頭の主張も、すごく納得感がありました。ビジネス書では、今までそういった切り口の本を少なくとも僕は読んだことはありません。西内さん自身は、リサーチデザインの大切さにいつから気づいていたのでしょうか?

西内 リサーチデザインというものを知ったのは、博士課程のときです。リサーチデザインというのはもともと、研究者がどのように研究課題を設定すればいいのか、その課題に対してどのような調査や分析を行なうべきなのか包括的に考えることです。日本の大学では、あまりこの分野について体系的な教育がなされていません。
 僕は修士を取った後、それまでやっていた統計学に加えて、行動科学とコミュニケーション科学の分野の研究を始めたんです。この分野としては新しく研究室が立ち上げられ、師事した教授ももともとそういう研究をしていた方ではなかった。そうすると、自分で一から学ばなければいけない。「そもそも研究ってどうやるの?」というところから調べていたところ、英語の文献のなかにリサーチデザインという概念を見つけました。

入山 そうそう、僕もアメリカで研究をしていたときに、この部分が日本と違うと感じていました。海外の経営学は統計解析を使った研究が多いのですが、向こうの一流の経営学者って、実はそんなに細かい統計の知識があるとは限らないんです。でも彼らは、「どうやって仮説を立てて、どういったデータをどこからもってきて、どういう手法で分析すればいいか」という大きな「パッケージング能力」に長けている。だから、ブレイクスルーな論文が書ける。このパッケージング能力が、当時の自分にないものだと感じていたんです。ここは、ナレッジというよりノウハウに近いんですよね。


西内 そうですね。日本だと恩師の背中を見て学ぶ、ということがほとんどだと思います。

入山 それをこの本では、知識としてわかりやすく伝えてくれているのがすばらしいですよね。しかもビジネスマン向けに。

西内 いろいろな企業から分析の依頼を受けるなかで、問題意識が生まれてきたんです。僕のところに来る案件は、2つのパターンがあります。1つは、「今までやったことがないけれど、統計解析を取り入れたい」という場合。もう1つが、「統計解析を取り入れているのに、成果が全然出ない」という場合。
 後者の場合は、外部のコンサルタントやリサーチ会社に、すでに分析を依頼していることが多いんです。そのレポートを見せてもらうと、なんというか、的外れで全然利益につながらないものがけっこうあって。でも、そのレポートを作成しているのは、データサイエンティストと呼ばれる人たちで、手法もわかっているし、統計学も専門的に学んできたはずなんです。

永山 ああ、そこで足りないのはリサーチデザインだ、と気づいたんですね。

西内 そうなんです。統計解析の導入の失敗例としてよくあるのは、「機械学習アルゴリズムを使って、自動でクーポン配信したら売上がアップした」などの他社のケースを知ると、無批判にいきなり自社でそれをやってしまうこと。同じ業種の企業であっても、扱う商品の特性や、支持されている顧客層、会社としての強みや弱みなど様々な部分が異なっていて、他社でうまくいった施策が自社でもうまくいくとは限りませんし、最悪逆効果ということになってしまう場合さえあります。

入山 それもやっぱり、最初にリサーチデザインをちゃんとやらないからですよね。適切な課題を設定できていないのに、いきなり分析しちゃうから失敗する。

今の最新動向も押さえていた
『統計学が最強の学問である』

永山 1作目の『統計学が最強の学問である』には、リサーチデザインの話は出てきませんよね。1作目を出したときから、リサーチデザインの重要性には気づいていたんですか?

西内 1作目を書いているときに、同じシリーズで3作目を書くなんて思ってもいませんでしたが(笑)、そもそもリサーチデザインをしないと成果は上がらない、とは考えていました。
 でも1作目の頃は、そもそも「統計学って大事だよ」「こんなに汎用性があるよ」ということが伝わってなかったので、そこから始めたんです。ビッグデータの活用が急に盛り上がってきた頃でもあり、「せっかくのビッグデータを使っても、円グラフ書いて終わりだったら意味ないよ」「というか、本当にビッグなデータが必要ですか?」ということをシンプルに伝えるだけで新しかった。そこから、2作目の『実践編』を経て、ようやくリサーチデザインの重要性をわかってもらえるところにたどり着いたかなと。

永山 そうした意識から書かれたせいか、1作目って今でも興味深く読めますね。僕、「ビジネス編」を読んでから、1作目、2作目を読み返してみたんです。そうしたら、当時からかなり新しい統計手法の話をされていたんだと気がつきました。1作目が出たのは今から4年前ですが、機械学習についても触れられてるんですよね。先日、ベルリンで開催された経営戦略学会(Strategic Management Society)に出席したら、最新の研究手法に関わるパネルディスカッションのテーマで機械学習が取り上げられていました。もしかしたら経営学にも機械学習の波が来るかもしれません。
 さらに、1年前くらいに経済学分野のある研究セミナーに参加した際のことなのですが、6カ国1100人のCEOの日々の行動から、機械学習の手法を使ってそのマネジメントスタイルをミクロマネジメントとマクロマネジメントのグラデーションの中でどこに位置づけられるかを明らかにしたうえで、企業特性とCEOのマネジメントスタイルのフィットを分析するという研究発表を目にしました。


西内 へえ! CEOの発言なんかも自然言語処理の技術が発展したら、分析対象になりそうですね。それで、どういうCEOだと業績が上がるか明らかになるかもしれない。

普通のビジネスパーソンが
海外の研究事例を押さえる方法

永山 1作目にある「巨人の肩に乗る」という話も、研究をしている身としてはもっともだと思いますが、普通のビジネスパーソンが過去の研究や実例を拾うのは大変じゃないかと思ったんです。それはどうしたらいいのでしょうか。

西内 海外の研究の最新情報に追いつこうとするのは、大変ですよね。でも、『ビジネス編』の参考文献を見てもらうとわかるのですが、参考になる本で日本語訳が出ているものが意外とたくさんあるんですよ。定量的な研究に基づいた一般向けの本が、他国語では訳されていないのに、日本語訳だけは出ているということもけっこうあります。論文の原著までいかなくても、日本語訳の書籍くらいまでアンテナを貼っていれば、ビジネスパーソンとしては十分だと思います。


入山 僭越ながら、僕が『ハーバード・ビジネス・レビュー』で書いてる「世界標準の経営理論」という連載も、使えるかもしれません(笑)。日本でまだあまり知られてない経営理論を、網羅的に紹介しているので。

西内 あれは読んだほうがいいですね! 入山先生にお世辞をいうわけではないですが、おすすめです。

永山 ビジネスパーソンが、自分が仕事で実践していることと研究で議論されている抽象概念が繋がっていることをもっと早く知ることができたら面白いのにな、と思うことがあります。たとえば最近、Googleが社内のチームを分析して、生産性を高めることにつながる共通要素は「サイコロジカルセーフティ(心理的安全性)」だったと発表したんです。それでサイコロジカルセーフティという概念自体があたかもその調査で浮き彫りになったように話題になったのですが、もともとは1999年にハーバード大のエイミー・エドモンドソンが出したコンセプトなんです。

入山 海外のそうした知見が一般メディアに伝わってないから、ビジネスパーソンも知り得ないという問題はありますよね。

西内 そういうコンセプトをたくさん知って、引き出しに入れておくと分析でも役に立つんですよね。たとえば、社員が受けてるストレス耐性テストの質問項目で、「これはサイコロジカルセーフティに関わってるんじゃないか」ということがわかれば、人事系の分析を行なう際に、説明変数に入れておいたら面白いかもしれない、と目星がつけられる。なのでビジネスパーソンの皆さんにも、海外の研究で、新しい考え方がこの分野で出てきましたよ、ということを紹介している記事には注目してほしいですね。メディアももう少し、そういう翻訳記事に力を入れてくれたらと思います。

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