ボルダリング・ワールドカップ(以下BWC)の2017シーズン第4戦が、GWの5月6日(土)・7日(日)に東京・八王子市で開催された。東京五輪の追加種目決定後の初めてとなる国際大会の注目度の高さは、準決勝・決勝の前売りチケットが早々に完売し、大会初日に行なわれた予選結果がその夜にテレビのニュースで取り上げられたほどだった。

 大会2日目の準決勝・決勝で見せた日本勢の結果は、すでに多くのメディアで報じられている通りなので、そちらを参照してもらいたい。決勝まで進んだ日本代表の5選手は、東京五輪を想定すれば、自国開催のプレッシャーを跳ねのけて、ホームアドバンテージをきちんと生かすことができたという点で素晴らしい成績と言えるのではないか。



女子の優勝はヤーニャ・ガンブレット(中)。2位は野口啓代、3位は野中生萌と日本勢も大健闘
 なかでも、印象的だったのが野口啓代(あきよ)だ。この大会は各ラウンドとも第1課題に挑むために選手が競技ゾーンに現れると、その都度、場内放送で選手名が紹介され、観客からは大きな拍手が送られる。ただ、予選や準決勝でほとんどの選手は観客席に顔を向けることなく、すぐに第1課題に取り組み出す。そのなかで、野口は準決勝で競技ゾーンに現れると、最初に観客席を向いて声援に応えてから課題に対峙した。そこで見せた自信にあふれた表情はコンディションのよさをうかがわせ、いいパフォーマンスを発揮することを予感させた。


 女子決勝は4課題あるうち、勝負を分けたのは2課題目と3課題目。核心は2課題目が距離のあるゴール取りで、3課題目はスタートの窮屈な体勢から1手目に向かってジャンプし、ホールド(手掛かり、足掛かり)を取った後の体の”振られ”をコントロールできるかにあった。
*BWC2017準決勝、決勝の模様は、You TubeのIFSCチャンネルで無料で視聴でき、課題内容なども確認できる。
https://www.youtube.com/user/ifscchannel

 2課題目は、ゴール取りに出るときの左足の位置が勝負を決めた。ほとんどの選手が右足は膝の高さほどにあるペラッペラに薄いホールドを踏み、左足で低い位置にある大きなホールドを蹴り込んでジャンプしてTOPホールドに手を伸ばした。だが、左足が伸び切った状態からのムーブになるため、微妙に距離が足りずに落下した。

 野口は1トライ目に両手で持つホールドを引きつけながら、右足で踏んでいるホールドに乗り込んで手を伸ばすムーブを試みたが、踏み込めるだけの厚みがないことで動きを切り替えた。左足は他の選手が使ったホールドではなく、別のホールドをつま先で踏んで、少し無理な体勢から左足を高い位置で蹴り出したことで、TOPホールドまでの距離を生み出した。ゴールすると会心の笑顔をこぼして何度もガッツポーズを決めた。3課題目も6トライ目で1手目のホールドをつかむと制限時間残り1秒でTOPホールドを押さえ込んだ。4課題目も1トライ目で楽々と登って決勝課題は全完した。

 しかし、抜群のパフォーマンスを見せた野口をあっさりと上回り、表彰台の中央に立ったのが、ヤーニャ・ガンブレット(スロベニア)だ。予選から決勝までのすべての課題をただひとりだけ完登。しかも、最もトライを要したのは、準決勝3課題目の3トライ。クライミング能力だけではなく、高い修正能力も見せた。


体は華奢だがダイナミックなクライミングを見せたヤーニャ
「決勝戦の2課題目は、最初のトライのときはTOPホールドを取るムーブを起こす前から、これだと距離が足りないって疑っていた。だから、1回試して失敗したことで、2回目のムーブは自信がついたの。1課題目と4課題目は登る前からイメージしていた通りに登ったんだけど、3課題目は何も考えずにやったら、ただできちゃっただけ(笑)」

 笑顔を弾けさせながら語るヤーニャの体格は、ほかの外国人の有力ボルダラーに比べると華奢(きゃしゃ)だ。肩周りから上腕にかけては、ボルダリングを趣味で楽しむ一般女性と大差ないように見える。

 彼女の登りの特長は、瞬発力やパワーが求められる課題でも、猫が日常のなかで力感なく塀にヒョイと飛び乗るような感じでこなしてしまうところだ。まるで苦手なムーブなどないと思わせる。

「猫みたいだなんて言われたのは初めてだけど、すごく嬉しい! 苦手なムーブはもちろんあります。スラブ(緩やかな面)やバランス系は得意だけど、コーディネーション系(俗に運動神経といわれている能力)やランジ(飛びつき)は、1回で決められないことがある。ただ、そういったムーブも何回かやれば必ずできるの。

 登るときに一番大事にしているのは集中すること。メンタルをコントロールして、課題にフォーカスすれば自然とほとんどのムーブは解決できるの。今日はセミファイナルで全部の課題をうまく登れたから、決勝戦は自信を持って臨めたし、すごく集中できていた。だから、優勝できたんだと思うわ」


 ヤーニャは1999年3月12日生まれの18歳。スロベニアのスロヴェニ・グラデツで育った。オーストリア国境からほど近く、すぐそばに山がある人口約1万6千人の町だ。スキーが盛んで、数多くの選手を輩出している。アルペンスキーヤーとモデル業の両立で話題になり、2014年ソチ五輪で滑降と大回転の金メダリストになったティナ・マゼもそのひとりだ。

「ティナ・マゼの家は近くにあるけど、名前を知っている程度だし、スキーも1回やったことがあるだけなの。スキーはすぐに合わないって気づいたから。私はクライミング以外のスポーツは全然やらないし、興味がない。だって、心からクライミングを愛しているから」

 そう答えたあと、大切なことを言い忘れたかのように、「それから木登りもね」とチャーミングに付け加えた彼女が、クライミングを始めたのは2006年のこと。14歳の2013年にヨーロッパユース選手権で国際大会にデビューすると、昨年までの4年間で年代別大会の世界ユース選手権とヨーロッパユース選手権では、リード(※1)とボルダリングで出場した19試合で、優勝できなかったのは2013年の世界ユース・リードの1大会しかない。
※1 命綱となるロープを体につないで、12m以上の壁にある課題をどこまで登れるか競う種目

 現在はスロベニア代表のコーチで、ヤーニャを10歳から指導するゴラスチェ・エーレン氏に当時の彼女について訊ねた。

「最初に会った頃から才能を持っていると感じましたが、特別な存在ではなかったですね。ほかの子たちの方が強く、成績がよかった時期もありました。ですが、いつでもクライミングを楽しむという彼女のなかの一番の才能によって、年を追うごとにクライミングセンスが輝き出し、登りが洗練されていきました」


 クライミングは子どもの頃はどんどん上達する。これは体重の軽さなどと関係があり、成長期を迎えて身長が伸びて体重が増えていくと、女子選手はそれまでのように登れなくなる傾向が強い。

 現在は身長162cmあるヤーニャの場合はどうか。ゴラスチェコーチの言葉から、彼女の特別な才能が垣間見える。

「当たり前のことですが、体格や体重が成長することでヤーニャもクライミングのスタイルを少しずつ変えてきました。ただ、彼女の場合は身長が伸びたからといって、何かができなくなったわけではなかった。ランジやコーディネーションといったダイナミックな動きも、スラブやスタティック(静的な)ムーブも、昔から変わらずに同じようにやれました」

 IFSCのシニア大会への出場は誕生日で16歳になる年から資格が得られるのだが、2015年に資格を得たヤーニャは、この年のリード・ワールドカップ(以下LWC)に3大会出場して2位、2位、3位となった。

 そしてレジェンド・クライマーだけが参加できるクライミングシューズメーカー主催のボルダリングのコンペ「The La Sportiva Ledends Only 2015」で圧巻の登りを見せたことで、世界中のクライミング・コミュニティーがヤーニャに熱い視線を注ぐことになった。

 昨年はLWCにフル参戦して7戦4勝という圧倒的な強さで年間王者に輝き、9月に開催されたクライミング界最大のイベント、世界選手権リードでも優勝した。また、スイス大会とオーストリア大会で出場したBWC2016では2位と5位の成績を残した。


 17歳で新女王となったヤーニャが、2017年にどういった活動をするかに注目が集まるなか、彼女が選んだのはBWCとLWCの両種目へのフル参戦であった。

 リードとボルダリングは、”登る”という点においては同じだが、種目の特性が大きく異なる。前者はより高くまで登るための持久力や、保持力の消費を最小限にとどめるためのしなやかな動きと判断力などが求められる。対して、後者は瞬発力やパワーに重点が置かれている。年々、その差異は顕在化して、それぞれのスペシャリストが活躍しているのが現状だ。

 しかし今季、クライミング界の常識をヤーニャはいともあっさり覆している。WBC初戦のスイス大会で6位、2戦目の中国・重慶大会で初優勝。続く中国・南京大会も2位。そして、この八王子大会で2度目の優勝。ランキングトップを走るショウナ・コクシー(イギリス)をぴったり追走している。BWC2017シーズンの年間王者も夢ではなく、両種目制覇に向けて、さぞ気合いが入っていると思いきや、意外な答えが返ってきた。

「私にとってのプライオリティで一番目にあるのはLWCなの。2020年東京オリンピックのその先、将来的には岩場での活動に重点を置きたいと考えることもあるけど、いまはLWCで優勝することにしか真剣にはなれない。今年はBWCも全戦に出場しているけど、優勝や年間1位は意識していないし、楽しくやりたいだけだからプレッシャーもない。もちろん、いい加減にやっているわけじゃなくて、ボルダーならではのダイナミック・ムーブが出てくる課題を楽しみながら、よい成績が残せればいいなっていうだけ。逆にそういう気持ちだから、今年はBWCシーズンはうまく登れていると思う。とにかく今は、BWCはエンジョイしている」


 ヤーニャの発言の背景には、スポーツクライミングの源流が、1985年にイタリアの岩場にヨーロッパ各国からクライマーを招いたコンペにあり、ヨーロッパではリードが圧倒的に盛んなことを理解する必要があるだろう。

 東京五輪では「ボルダリング」だけが行なわれると勘違いされていることが多いが、スポーツクライミングは「リード」「ボルダリング」「スピード(※2)」の3種目の複合の成績でメダルは決まる。採点方法などの詳細決定はこれからだが、日本だけがそこに向けて動いているわけではない。3年後を見越して世界各国は動き出している。
※2 高さ15mの壁に国際ルールで定められた課題をどれだけ速く登るか競う種目

 ヤーニャはすでにリードとボルダリングで世界トップレベルの実力を見せ、世界ユース大会ではスピード種目にも出場して経験を積んでいる。タイムは約16秒。スピード女子の世界最高タイムである7秒38に、今後どこまで迫るのかも興味深い。

■ボルダリング・その他競技 記事一覧>>