名門「聖路加国際病院」が経営危機に陥るわけ

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日本屈指の名門病院「聖路加国際病院」が経営危機に陥っている。その背景には医療制度の構造的な問題がある。医療崩壊は防げるのか――。

■「聖路加国際病院」でボーナス遅配

病院は東京から崩壊する――。

東京一極集中、地方の衰退が叫ばれる昨今、このように言われて、俄には信じられない方が多いだろう。東京には多くの病院があり、厚生労働省やマスコミは医師が都会に集まることを問題視する。一体、どうなっているのだろうか。問題は医療システムを一面的にしか見ていないことだ。医療システムは複雑系だ。さまざまな物事が有機的に結びつく。

拙著『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日』(朝日新聞出版)では、この点について、データに基づいて議論し、患者はどう対応すればいいか提言した。今回、拙著のポイントを2回にわけて解説していく。第1回は「名門病院」の経営危機を取り上げたい。

昨年、医療界に衝撃が走った。名門の「聖路加国際病院」(東京都中央区)の夏のボーナスの支払いが遅れ、1割程度カットされたというのだ。月刊誌「選択」の2016年10月号が伝えたもので、同誌のサイトでもみることができる(https://www.sentaku.co.jp/articles/view/16256)。

きっかけは昨年5月頃の労基署の監査。サービス残業の常態化が指摘され、未払いの残業代を支払ったところ、財務状態が悪化したらしい。

聖路加国際病院を経営する聖路加国際大学の財務状況は、一見盤石だ。2015年度の財務報告によると、純利益は130億円。人件費率は45%で、総資産は851億円。自己資本比率は88%で、長期・短期の借入金はそれぞれ2億円、3300万円しかない。

ところが、実態は、この報告とはかなり違う。「選択」の2017年1月号によると、黒字になったのは、聖ルカ・ライフサイエンス研究所を解散し、その資産を病院の経営母体である聖路加国際大学に譲渡したためだという。これを除くと、実質は約8億円の赤字。ボーナスが遅配となったのも納得がいく。

聖路加国際病院は、首都圏(以下、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県を指す)きっての名門病院だ。マスコミの病院ランキングでは、常に上位に位置し、同院での治療を望む患者は多い。

あまり知られていないが、聖路加国際病院が赤字になるのは、医療制度が構造的な問題を抱えているからだ。問題点を簡単にご紹介しよう。

高齢化が進むわが国で、医療費の伸びは急速だ。2015年度の国民医療費は41兆5000億円。前年より3.8%増加した。政府は、増大する医療費を抑制するために、2年に1回の診療報酬改定で診療単価や薬価を引き下げている。国民医療費は患者数と一人あたりの治療費を掛け合わせたものだ。高齢化に伴い、患者数が増えるので、診療単価を引き下げるという理屈だ。

この理屈は、一見もっともだ。ただ、このやり方は永久には続けられない。診療単価を下げ続ければ、やがて経営できない医療機関が出てくるからだ。実は、最初に破綻するのは首都圏の病院だ。

我が国の医療費は厚労省が全国一律に決めている。我が国では、田舎で治療をうけても、東京で治療を受けても、医療費は同じなのだ。勿論、土地代や人件費などのコストは全く違う。医療費を下げ続ければ、首都圏の病院から破綻する。

特に弱いのは総合病院だ。専門病院と比較して、小児科や産科のような患者の少ない診療科を揃えなければならない総合病院は、どうしても赤字体質になってしまう。聖路加国際病院は、その典型例だ。もちろん、氷山の一角である。

■首都圏の病院が赤字になるわけ

首都圏の総合病院の代表は大学病院だ。あまり報じられないが、多くの大学病院が赤字経営となっている。例えば、日本医科大学(東京都文京区)が発表した財務諸表によれば、2014年度の売上高利益率はマイナス19.4%で、158億円の赤字だった。約600億円の有利子負債があり、総資本を自己資本で割った財務レバレッジは349%と大幅な借金超過だった。流動比率(流動資産と流動負債の比)は70%だ。

流動比率は、負債の返済能力を見る指標の一つだ。税理士の上田和朗氏は「企業の経営状態を判断する際のもっとも重要な指標」と言う。流動比率は、流動資産が流動負債より多いか否かを示し、通常は120%以上あるのが望ましいとされている。日本医大の経営危機が如何に深刻かご理解いただけるだろう。

経営が悪化しているのは、日本医大だけではない。神奈川県の聖マリアンナ医大(神奈川県川崎市)、北里大学(神奈川県相模原市)なども赤字だ。

首都圏の総合病院は生き残りに懸命だ。そのためには、コストを下げなければならない。弱い立場になるのは若手医師だ。サービス残業が常態化しているところが珍しくない。

また、彼らの給与は安い。都内の大学病院に勤務する30代の外科医は「給与の手取りは20万円くらいです」という。生活するためには、アルバイトに行かねばならない。この医師は「平日は外来とオペ室に医師は出払い、病棟は『無医村』になります」という。首都圏の大学病院で医療事故が続くのも宜なるかなだ。

こうなると、経営者の努力で何とかなるというレベルを超えている。内部留保を使い尽くせば、倒産するしかない。

■必ず起きる「患者激増」と「医師不足」

首都圏の病院が経営難に陥る一方で、これから患者は激増する。

図1は、関東地方の75歳以上の人口を2015年と2025年で比較したものだ。医療ガバナンス研究所の研究員である樋口朝霞氏が、国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来人口推計のデータを利用して作成した。

この図を見ると、関東地方で急速に高齢化が進むことがわかる。特に、首都圏の高齢化は著しい。大部分の地域で、わずか10年間の間に後期高齢者が3割以上も増加する。

患者は増えるのに、彼らが頼る病院は倒産の瀬戸際にある。

首都圏が抱える問題は、病院の経営難だけではない。経営難はあくまで金の問題だ。診療報酬体系の規制緩和などで、対応できる側面もある。深刻なのは、首都圏で医師が不足していることだ。医師の養成には時間がかかる。早急に対応しないと手遅れになる。

読者の多くは「東京には医者が多いので、埼玉県、千葉県、神奈川県で多少不足しても問題ない」とお考えかもしれないが、この考えは間違っている。首都圏では医師の絶対数が足りないからだ。人口10万人あたりの医師数は230人にすぎない。四国は278人、九州北部は287人だ。実に2割以上の差がある。

さらに、首都圏は医師の偏在が著しい。人口10万人あたりの医師数は東京都314人に対し、埼玉県155人、千葉県179人、神奈川県202人だ。東京だけは医師が多いが、他の3県は南米や中東並みの数字だ。

首都圏は広い。全ての患者が東京の病院を受診できるわけではない。

このため、現在でも首都圏では救急車のたらい回しなどが頻発している。2013年3月には、埼玉県久喜市で救急車を呼んだ75才の男性が、県内外の25病院から合計36回、受け入れを断られ、最終的には県外の病院で死亡した事件があった。これも氷山の一角だ。

今後、状況は益々悪化する。図3は首都圏の75才人口1000人あたりの60歳以下の医師数の推移だ。情報工学を専門とする井元清哉教授(東大医科研)との共同研究である。

団塊世代が亡くなる2035年ころに一時的に状況は改善するが、その後団塊ジュニア世代が高齢化するため、再び医療ニーズは高まる。多くの県で、2050年の高齢者人口当たりの医師数は、現在の3分の2程度になる。そのころの東京の状況は、現在の千葉県や埼玉県とあまり変わらない。

■「看護師不足」も発生する

首都圏の問題は医師不足だけではない。看護師も不足しているのだ。

医師と違うのは、東京でも不足していることだ。2014年末現在、東京都の人口10万人あたりの就業看護師数は727人で、埼玉県(569人)、千葉県(625人)、神奈川県(672人)、茨城県(674人)、愛知県(724人)についで少ない。

看護師が多いのは高知県で人口10万人あたり1314人。ついで鹿児島県(1216人)、佐賀県(1200人)、長崎県(1182人)と続く。高知県は東京都の実に1.8倍である。

既に弊害が出ている。2007年7月、東京都保健医療公社荏原病院の産科病棟の一つが閉鎖した。原因は看護師の欠員だった。当時、荏原病院の看護体制は定数316人に対し、欠員が58人もあった。これでは、病院機能は維持できない。

最近、厚労省は在宅診療などを強化した地域包括ケアシステムの確立を目指しているが、その際、重要な役割を果たすのは看護師だ。現状では、首都圏で地域包括ケアシステムを立ち上げるなど、机上の空論と言わざるをえない。

首都圏では医師と看護師が不足し、おまけに病院経営のコストも高い。このまま無策を決め込めば、早晩、首都圏の医療は崩壊する。

患者はどうすればいいのだろう。次回、この点を解説したい。

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上 昌広(かみ・まさひろ)
医学博士。1968年兵庫県生まれ。1993年東京大学医学部医学科卒業、1999年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、東京大学医科学研究所特任教授など歴任。2016年4月より特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所を立ち上げ、理事長に就任。医療関係者など約5万人が講読するメールマガジン「MRIC」編集長。

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(医療ガバナンス研究所 理事長 上 昌広)