<対象をテクノロジー(技術)に絞り込んで、2050年に起こるであろう変化を予測した『2050年の技術』。心躍るスリリングな予測を生み出した寄稿者たちの信念とは?>

2012年に『2050年の世界』という書籍が発行された。英『エコノミスト』誌が、人口動態、宗教、経済、文化などさまざまな側面から2050年に起こるであろう変化を予測したものである。そして、対象をテクノロジー(技術)に絞り込んだその姉妹編が、今回ご紹介する『2050年の技術――英『エコノミスト』誌は予測する』(英『エコノミスト』編集部著、土方奈美訳、文藝春秋)。

寄稿しているのは、『エコノミスト』誌のジャーナリストのみならず、科学者、起業家、研究者、SF作家らと多岐にわたっている。「2050年までの今後数十年にわたり、技術がどのように発展し、われわれにどのような影響をおよぼすのか」について、各人がそれぞれの視点に基づいて予測しているのである。

まず6つの章に分かれた第一部では、テクノロジーの未来の大前提に関わる問題、あるいは変化を促したり制約したりする要因を考察している。次いで第二部では、農業を筆頭とするさまざまな基幹産業に対してテクノロジーがもたらす変化に焦点が当てられる。そして、これから登場するテクノロジーが社会的、政策的に及ぼす影響について触れたのが第三部だ。

相応の基礎知識が必要とされる箇所も少なくないため、すべてを理解することは現実的に難しいかもしれない。事実、自慢できるほどテクノロジーに詳しいわけでは決してない私にとっても、そんなパートは少なくなかった。

しかし、読んでいるとそれでも、心が躍ってくるのがわかった。未来に向けられた視点と考え方が、とてもスリリングだからだ。感性を刺激するポイントが、数ページに1回程度の割合で現れるとでもいおうか。それらは、私たちが未来に向けて生きているという事実を立証するものであり、その先に「未来」があることも明らかにしてもいる。

広範なテーマのすべてについてここで解説するのは難しいが、ここでは個人的に最も引き込まれた第1章「日本のガラケーは未来を予測していた」に焦点を当ててみたい。

『エコノミスト』誌を代表するテクノロジー・ライターであるトム・スタンデージは、まずは歴史を振り返って過去のテクノロジーを検証したのち、「未来を予見するために目を向けるべきもの」として現在に焦点を当てている。その中心にあるのは、日本のガラケーと女子高生だ。


SF作家のウィリアム・ギブソンの有名な言葉に「未来はすでにここにある。均等に行きわたっていないだけだ」というものがある。テクノロジーの懐胎期間は驚くほど長い。突然登場するように見えて、実はそうではないのだ。
 だから、正しい場所に目を向ければ、明日のテクノロジーを今日見ることができる。(中略)それは「エッジケース(限界的事例)」、すなわち広く普及する前に、特定の集団や国だけで広がりつつある事例を探すことにほかならない。わかりやすい例が二一世紀初頭の日本におけるガラケーだ。(25ページより)

印南敦史(作家、書評家)