愛犬はいつか先に逝ってしまう…別れの心づもり

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<16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vo.2>

 後にケフィとなる子犬が我が家にやってきたのは生後70日を過ぎた頃でした。

 ブリーダーさん宅に迎えに行くと、“動くシロクマのぬいぐるみ”のような子犬が必死に母犬を追いかけ、おっぱいをせがんでいました。産まれた直後に対面したときのモグラのような風貌は面影も無く、すっかり愛らしい生き物に変身していました。

 シャンプーしたての被毛は綿菓子のようにふわっふわ。体は真っ白で耳だけが飴色に輝いていました。ブリーダーさんが「耳の色が成犬になったときの色ですよ」と教えてくれ、「こんな美しい黄金色になるんだ!」と、成犬になったときの姿を思い浮かべてワクワクしました。

◆「楽しく過ごせるのはせいぜい10年」

 愛くるしい姿を抱きしめながらお別れの挨拶したとき、ブリーダーさんが言った言葉は今も鮮明に覚えてます。

「大型犬であるゴールデン・レトリーバーの寿命は短いものです。楽しく過ごせる時間はせいぜい10年くらいですから、う〜んとかわいがってあげてください」

 それを聞いたときの私の心は「この愛らしい生き物とこれから10年も一緒に過ごせるのだ!」と、夢と期待でぱんぱんに膨らんでいました。

「うーんと、うーんとかわいがろう」
「一緒にいろんなところに行って、いろんなことをやろう」
「この子に、人(犬)生をたくさんたくさん楽しんでもらおう」
 子犬の体をぎゅうっと抱きしめながら、そう心に誓いました。

 もちろん、「犬の寿命は人間より短い」ことは知っていました。「あっという間に年を取る」という知識もありました。実際、私が小学生の頃から一緒に暮らしていた先代犬・りゅう(柴犬)は16歳4カ月で亡くなっていました。

 でも、そのときの私には「10年」はとても長く、たっぷりと時間があるようにしか思えなかったのです。

◆いつか別れが来ると頭では分かっていても…

 犬の看取り本などを見るとよく「犬は人間よりずっと早く年を取ります。それをきちんと意識して、最初から老犬になったときのことや亡くなったときの心づもりをしておきましょう」などと書いてあったりします。

 しかし当時の私にはまったくそんな考えは浮かびませんでした。これからの10年があっという間に過ぎてしまうなんて、とてもとても考えられませんでした。

「名前はどうしよう」
「ハウスはケージがいいんだろうか?」
「迷子札もつくらなくちゃ」
「いちばん最初のお出かけは、どこに行こうか」

 私の頭の中の広がっていたのは、「これから一緒に過ごせる楽しい時間」の未来予想図であり、見えていたのは、すくすくと成長し、さまざまな経験を積んでりりしい成犬へと変貌していくだろう姿だけでした。間違っても、自分より先に老いて、自分を置いて虹の橋を渡ってしまう姿など想像できませんでした。

◆認めたくない現実は見えない

 何しろ目の前にいるのは生まれたての、生命力いっぱいの子犬です。何にでもじゃれ、元気に走り回り、あどけない表情を見せるその子犬に「老いた姿」を重ねること。それは私には、かなり難しいことでした。

 もともと人は「認めたくない現実」をなかなか受け入れられません。いえ、「『こうあって欲しいという願い』を『現実のはずだ』と思い込みたがる」と言ったほうが正確でしょうか。

 バカだと笑われそうですが、私が「ケフィは私よりも早く逝ってしまうこと」をようやく意識し始めたのは、それから10年以上経ってからでした。

<TEXT/木附千晶>
【木附千晶プロフィール】
臨床心理士。IFF CIAP相談室セラピスト。子どもの権利条約日本(CRC日本)『子どもの権利モニター』編集長。共著書に『子どもの力を伸ばす 子どもの権利条約ハンドブック』など、著書に『迷子のミーちゃん 地域猫と商店街再生のものがたり』など