安保理の北朝鮮人権会合 EPA=時事

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 北朝鮮情勢が緊張度を高め、米国が先制攻撃するのではないかとの観測も流れた。しかし、実際に米国は攻撃しないまま、今に至っている。北朝鮮情報の発信メディア「デイリーNKジャパン」編集長・高英起氏が、武力攻撃以外でいかにして北朝鮮と渡り合うのかについて解説する。

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 米国の軍事攻撃は幻に終わった。さらに、中国も、米国の要望によって経済制裁を強めるだろうが、北朝鮮が崩壊した際の混乱を考えると、これ以上の圧力は加えないだろう。日本にとって事態は深刻である。

 では、われわれは今、北朝鮮の脅威に対して現実的にどのような手を打てるのか。筆者は、金正恩体制に有効な数少ない圧力の一つとして「人権包囲網」があることを指摘したい。日本では、核やミサイルに比べて、北朝鮮の人権問題は軽視されがちである。

 しかし、国連決議などに対する北朝鮮の反応をみる限り、金正恩は国際社会から人権侵害の責任を追及され、「人道に対する罪」を問われることを殊のほか嫌がっている。彼が「核武装」を進めるのも、国際社会から認められないことの反発があると、筆者はみている。

「人道に対する罪」は、戦時・平時にかかわらず、一般人に対してなされた殺戮、殲滅、奴隷的虐使、追放その他の非人道的行為、または政治的・人種的もしくは宗教的理由に基づく迫害行為について問われる国際法上の犯罪だ。金正恩は最高指導者となって以降、幹部の粛清や一般国民に対する無慈悲な公開処刑を続けている。体制に不都合な言動を行った民間人の政治犯収容所送りも常態化している。ナチスがアウシュビッツ強制収容所で行ったユダヤ人の大虐殺を彷彿させる。

 この罪に問われれば、アドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリンなどと同様「残酷な独裁者」として悪名がとどろくことになる。実は、人権包囲網を敷くことは、北朝鮮の体制変換を促す劇的効果がある。

 まず、中国を巻き込める。北朝鮮と陸続きの中国には大勢の脱北者が逃げ込んでおり、いまも万単位の人が、韓国などへ逃れることができず潜伏している。中国当局は北朝鮮に協力し、そうした人々を摘発しては強制送還している。そうしたなか、立場の弱い脱北女性は中国で性的搾取を受けたり、人身売買の被害に遭ったりしている。この事実を、国際社会にアピールされることを、中国は嫌がるだろう。

 国際社会は、中朝国境地帯における脱北者の人権を守るよう促せばいいし、世界の覇権国たろうとする中国もその声を無視できない。では、脱北者の人権が改善するとどうなるか。

 北朝鮮の核・ミサイルの暴走を止めるには金正恩体制の転覆は不可欠だ。それは、北朝鮮の民主化を意味する。中朝国境地帯で北朝鮮の人々の人権が守られるならば、脱北者も増加するだろうし、北朝鮮内部にも必ずや、新たな風が吹き込むだろう。

 ちなみに北朝鮮の建国の父とされている金日成は、日本に統治されていた当時の朝鮮本国ではなく、中国での抗日パルチザン闘争を通じて、朝鮮独立運動を目指したとされている。ならば、今の北朝鮮独裁体制を解放するため、中国にその根拠地を作るという発想があってもいいだろう。

 もちろん、中国がたやすくそんなことを認めるわけがない。しかし、現状のような米中首脳の政治的判断に振り回されるより、よほど効果的ではないだろうか。さらに、北朝鮮の人権問題を国際的イシューとする上で、国連人権理事会などでEUとともに主導役となってきたのは日本である。日本としては北朝鮮の人権侵害の解決に向けて積極的に取り組まなければならない責務がある。もちろん、そのなかには日本人拉致問題も含まれる。

 北朝鮮が完全なる核武装国家になれば、金正恩は手のつけられない独裁者として東アジアに君臨することになる。それを防ぐために求められるのは今のような対症療法ではなく抜本的な外科手術、すなわち金正恩体制を変革させるしかない。そして当たり前だが、その手段は武力攻撃だけでないのである。

●こ・よんひ/関西大学経済学部卒業。1998年から1999年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※SAPIO2017年6月号