「遺伝で決まったことを、変えられるわけがない」――もしこれが、「完全に間違っている」としたら? 今話題の遺伝子のトピック「エピジェネティクス」を解き明かした極上のノンフィクション『遺伝子は、変えられる。』から、著者の「遺伝学者×医師」シャロン・モアレムがその豊富な研究・臨床経験で出会ったあるひとりの男の子のエピソードをご紹介しよう。「注意力の欠如」「学校一の問題児」の原因が、もしある遺伝子にあったとしたら――。

「かいじゅうの王様」リチャードに
ほんとうに必要だったもの

 ぼくがリチャードに初めて出会ったのは、2010年の春、雨の降りしきるマンハッタンのある朝のことだった。

 診察室にぼくが足を踏み入れたとき、彼は、部屋中を跳ねまわっていた。ぼくはやがて、それはこの子のふだんの姿だと知ることになる。

 もちろん、10歳の男の子が手に負えないのは、ごくふつうのことだ。だがこの少年は『かいじゅうたちのいるところ』の主人公マックスの回りをぐるぐる駆け回るような子だった。そのため学校ではかなりの問題児になっていた。

 しかし、リチャードが最初に病院に来た理由は、そのためではなかった。彼は脚の痛みを訴えて来院したのである。

 それ以外の点では、そして目で見る限り、リチャードは健康児の見本だった。新生児のときのスクリーニング結果? 完璧に正常だ。最近受けた毎年の検査は? 完全に平均値の範囲内だ。実のところ、彼はあまりにも健康に見えたので、何かおかしいところがあるということにだれかが気づくには、しばらく時間がかかった。そして、とても優秀な医師のグループが彼の執拗な訴えに耳を傾け、非常に非科学的で簡単な「成長痛」という診断を排除していなければ、真実が判明することはなかっただろう。

 脚の痛みの原因がわからなかったため、医師たちは遺伝子検査を行った。そしてその結果、リチャードが、OTC欠損症(注:オルニチン・トランスカルバミラーゼ欠損症。身体がアンモニアを尿素に変えるプロセスが正常に働かなくなる遺伝病)を患っていることが判明したのである。

 しかもリチャードのOTC欠損症は、その表現型がかなり違っていた。通常より高い濃度の血中アンモニアに関連づけられていたかもしれない不可解な脚の痛みのほかは、まったく影響がないように見えていた。

 しかしリチャードの他の症状(ほとんどないに等しかったが)は、とても軽度だったため、彼自身も父親も、何か問題を抱えていることを受け入れるのにやや抵抗を示した。実際、ぼくが彼を診察したある日など、OTC欠損症のある人はタンパク質が多い食品をうまく代謝できないから、低タンパク質の食事を維持するようにと彼自身も両親も再三言われていたにもかかわらず、リチャードのバックパックからは、アルミホイルにくるまれたペパロニソーセージがつき出していたほどだ。

 だが、そのソーセージこそ、なぜリチャードの症状がなくならないかを教えてくるものだった。

 リチャードの家族が気づいていなかったのは、学校と家庭で見られた注意力の欠如は、行動学的なものというよりも、生理学的なものだったということだ。ほとんどの人では、通常より高い濃度の血中アンモニアは、震え、発作、昏睡などをもたらす。だがアンモニア濃度の上昇は、リチャードでは闘争的な性向と注意力の欠如をもたらしていた可能性が高い。

 でもここで、正直に言っておこう。ぼくも最初はそのことに気づかなかった。最初の診察では、リチャードには、脚の痛みを改善する目的で、食事療法を厳密に守るように、という指示を与えて帰宅させたのだった。

 リチャードの問題がそれより根の深いものだったことがわかったのは、3か月後に、食事療法を前より厳密に守った状態で彼が再び来院したときだ。脚の痛みは消えていた――それはそれでいいことだった――が、驚いたことに、学校生活がとてもうまくいっていたのだ。落ち着きが出てきて、注意力も向上していた。彼はもう「かいじゅうの王様」ではなかった。

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