中国では入試の結果によって希望と異なる学部に振り分けられることがあり、日本語科の学生の中には仕方なく学んでいる学生も少なくない。そんな一人だった中南財経政法大学の張君恵さんは作文に自身の変化についてつづっている。資料写真。

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以前、中国の大学で日本語教師をしていた男性に一番苦労したことを尋ねたところ、「学生のモチベーションを上げること」という答えが返ってきた。中国では入試の結果によって希望と異なる学部に振り分けられることがあり、日本語科の学生の中には仕方なく学んでいる学生も少なくないという。中南財経政法大学の張君恵さんもそんな一人だったが、日本人の先生との出会いによって変化が生まれたようだ。以下は張さんの作文。

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私は「頑張れ」という言葉が嫌いだった。この言葉自体にも、この言葉を口にする人の気持ちにも、この言葉を聞いて妙に頑張っている人の姿にも、うそくささを感じてしかたがなかった。それまでの20年間、そこそこ努力して、そこそこいい結果を出して、そこそこ満足していた私にはその意義がわからず、そのわけを明確に体現している大人にも出会わなかった。もし5年前中村先生に出会わなかったら、今の私もきっとあのままだっただろう。

「一流大学の学生である皆さんは、自分の日本語のレベルはどのぐらいだと思いますか」。着任早々の授業で、先生は私たちに問いかけた。当時は深く考えもせず、もちろん一流レベルだろうと答えた。「日本語のレベルは出身校と何の関係もありません。永遠に学歴で人を判断しないこと。そして、永遠に自分のレベルに満足しないこと」と言った先生は少しがっかりしているように見えた。先生は以前、武漢の中等専門学校で6年間教えていたそうだ。必死に学歴の縛りから抜け出そうとしていた彼らと比べ、受験の結果で嫌々日本語を学ばされていた私たちは物足りなく見えたことだろう。

その後も授業のたびに叱咤激励を続ける先生に、私は思い切ってなぜ頑張らなくてはいけないのかと疑問をぶつけた。「別に頑張ることが目標じゃないよ。私には目標があって、それを実現させたいと強く願っているから、そのために必要な手段を講じているだけ」と先生は事もなげに答えた。「自分が何をしたいかはっきりわからない人には、頑張るということの本当の意味は永遠にわからないだろうね」。いつもながら先生は明確だった。

「とにもかくにも人生は自己責任の連続で、成功しても失敗しても、自分のおかげで自分のせいなんです。成功したすごい自分も失敗したダメな自分も全部自分そのものなんです」。授業中、先生が放つ言葉は学生たちに価値観、人生観、世界観、国際化とは何かを深く考えさせる。それまで受験勉強以外のことをしっかり考えたことがない私たちには、どれもが難しい課題だった。先生の授業をきっかけにして、私は20年間生きてきて初めて思う存分自分と対話ができた。自分は他の誰でもない。私は私なんだ。だから自分の意思で目標を具体化し、それに向けて後悔がないように頑張らなければいけない。私は先生のエネルギーに惹きつけられ、いつも先生のそばにいるようになった。

「私は成功の反対は失敗ではないと思います。成功の反対は『何もしない』です。新しいことへの挑戦に失敗と変更はつきもの。苦しみの中にこそ楽しみの種があるんです」。この言葉どおり、先生はいつも何か新しいことに挑戦し、苦しみながら楽しんでいる。あることがきっかけで、2年前から先生と一緒にネットラジオ番組をやることになった。先生がディスクジョッキーで、私が編集を担当していて、今では日本語学習者の中で、結構人気があるラジオ番組だが、月に3回ぐらいの更新は決して楽ではない。なかなかアイデアが浮かばず、締め切りに追われることはよくあることだ。そんなとき、私はいつも中村先生の「頑張ろう」という言葉に励まされて、期待に応えようと頑張っている。

「何かをやるときには一生懸命、まさにこれしかないと思ってやることが大切です。私も教師を一生一筋の一本道と決めた以上、これからも愚直にこの道を進んでいきたいです」。これは、23年間も教師の道をぶれなく歩んできた理由を尋ねられたときの先生の答えだ。自分軸で生きるというのはどれだけ大変で素敵なことだろうかと実感した。全力を尽くしている先生に心から「頑張れ」とエールを送りたくなった。今の私には「頑張る」こととは何かはっきりわかっている。これからも世の中に中村先生の言葉を届けていきたい。先生の熱い言葉は私だけではなく、きっと中国の迷える若者たちを大きく変えていくに違いないのだから。(編集/北田)

※本文は、第十二回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「訪日中国人『爆買い』以外にできること」(段躍中編、日本僑報社、2016年)より、張君恵さん(中南財経政法大学)の作品「私を変えた、日本語教師の教え」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。