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第5位 ランボルギーニ・カウンタックQVX


このカウンタックはサンタアガタ製ではなく、ロンドンの北西にあるハイ・ワイクームという街で生まれた。ランボルギーのインポーター、ポートマン・ガレージが製作したC2マシン。同社が未完成のまま所有していた古いティガ CG83をベースとし、ファクトリー・チューンのカウンタックQV用5.7ℓを積む。86年のシーズン前にシルバーストーンでシェイクダウンした後、11月になってようやく南アフリカ・キャラミのサウザンサン500で実戦デビュー。日本でもお馴染みのドライバー、ティフ・ニーデルは2ヒートを一人で走り切り、5位に入賞している。

第4位 アルファ・ロメオSE 048SP


このクルマがいつ製作されたかについては、いまだに情報が混乱している。一説によれば、3.5ℓレギュレーションが導入されたのに対応して91年の選手権向けに開発したという。元オゼーラのジュセッペ・パトロッタが設計したシャシーに、プロカー選手権用にすでに開発していたV10を搭載。モノコックはランチアLC2がベースという説もあるが、これはまったくの推測だ。ひとつ明確なのは、モモの創業者でチームオーナーでもあったジャンピエロ・モレッティがプロジェクトに関与していたにもかかわらず、一度もレースに出なかったということである。

第3位 ジャガーXJR-17


92年の選手権はF1と同じ規定の3.5ℓエンジンに限定され、そのかわりプライベーター向けの”FIAカップ”というカテゴリーが新設された。以前のC2クラスに相当するものだ。このカップ戦に向けて、ジャガーとトム・ウォーキンショー・レーシングがパーツを寄せ集めて作ったのがXJR-17。91年のIMSA -GTPを走ったXJR-16のシャシーに3.5ℓのV6を積む。RMモータースポーツを率いるアラン・ランドールがこれで参戦すべくジャガーと交渉したが、スポンサーが見つからず、プロジェクトはキャンセル。結局、XJR-17が国際レベルのレースに出走する機会はなかった。



第2位 ミラージュ M12


英国ティガ・レースカーズ製の定評あるシャシーをベースに、専用のボディワークをしつらえ、3.9ℓ V8のコスワースDFLを搭載。マイケルとマリオのアンドレッティ親子のドライブで82年のル・マンに参戦したが、車検をパスしたにもかかわらず、決勝スタートの寸前でオイルクーラーの位置について疑義が持ち上がって出走できなかった。

第1位 オルマス GLT200


チーム・オーナーでありドライバーでもあるルイジ「ジジ」タヴェルナが、それまでのアルバAR3に換えて意欲満々に開発したCカー。ジャンニ・ロバルトーロが設計した。88年のモンツァ1000kmの予選に姿を現した後、同じ年のシルバーストーン1000kmでデビューして16位でフィニッシュ。ル・マンにもエントリーしたが、予選で2基のコスワースV8を使い切ってしまい、決勝には進めなかった。