4日、人民日報は日本の「無縁社会」化が進んでいるとする評論文章を掲載した。資料写真。

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2017年5月4日、人民日報は日本の「無縁社会」化が進んでいるとする評論文章を掲載した。

日本に来た当初は、役所のロビーにベビーベッドがあったり、商店に哺乳室があったりと、母親への配慮が随所に見られる育児の天国だと感じた。しかし、時間が経過するとそれが表面的なものであることに気づく。多くの母親は、子どもが泣くと周囲から嫌悪の眼差しが注がれることから、子連れでの外出が最も怖いと語るのである。

2014年の調査では東京にある市町村7割で児童の騒音に関する苦情が寄せられ、大都市では交通渋滞や騒音などを懸念する住民の声によって、幼稚園の建設計画が撤回を余儀なくされるケースも起きている。

他人に迷惑をかけないというのが日本で人間関係を処理する基本的なルールだが、個の独立を強調しすぎると別の極端な方向へと進むことになる。2010年ごろから、仕事上のつながりも、血縁も、地縁もないことを意味する「無縁社会」という言葉が出現した。少子高齢化、失業、未婚、都市化が、仕事をせず、配偶者や子供がおらず、人とのつながりもなく、帰る故郷もない、死んでも誰にも知られず、遺体の引き取り手もいないという層を生んだ。

日本の騒音問題専門家は「子どもたちの声を我慢する、工場の騒音のように子どもたちの声を規制するというやり方はあまりにも極端。幼稚園の騒音問題は音の大小だけではなく、人間関係にも起因する。互いに寛容で、和やかな人間関係を構築することも重要だ」と指摘している(翻訳・編集/川尻)