金正恩氏(写真集「人民の偉大な空」より)

写真拡大

かつての北朝鮮では、餓死の危機に瀕した家族を救うために、多くの人が国境の川を渡り脱北した。いわゆる生計型脱北だ。それから10数年、脱北の形は様変わりした。家族のより良い未来のために、時間をかけて綿密に準備した上で国境を越える移民型の脱北が増えている。

昨年7月に香港経由で脱北を果たしたリ・ジョンヨル君のケースはその一例と言えよう。ジョンヨル君は数学オリンピックに3年連続で出場した天才高校生である。本人から「韓国に行きたい」と打ち明けられたジョンヨル君の父親は、「心配せずに行け」という言葉と共に現金を手渡して、彼の脱北を後押しした。

「死んだほうがマシ」

昨年9月に家族とともに脱北したチェさんも、韓国の北朝鮮専門ニュースサイト、ニューフォーカスの取材に対し、綿密に準備した上で家族全員で脱北するケースが増えていると語っている。金正恩党委員長が政権の座についてから、子どもたちの未来が明るくないと考えるようになった人が増えているのだという。

以前なら、先に脱北し韓国で暮らす家族から経済的支援を受け、それを元手に北朝鮮で商売をし、豊かな生活を送ることで満足していた人々も多かった。それが最近では、いっそのこと家族全員で脱北しようと考えるようになっているというのだ。

チェさんの語るその手法は、庶民の間でも脱北が一か八かの「勝負型」から「知能型」に移行しつつあることを示している。

脱北はまず、隣人を欺くことから始める。人民班の班長(町内会長)や隣人たちに「商売がダメになった」とわざと触れ回る。私有財産が保証されていない北朝鮮では、当局から様々なケチを付けられ、商品や、商売で築いた財産を一瞬のうちにしてすべて奪われてしまうことが少なくない。そのため、よくある話だと思わせ、同情を買うことができるのだ。

そして、家を誰かに売り払いカネを手にする。同情心で金額に色を付けてもらえるかもしれない。そのカネで町外れのあばら家を買い、露天商を営み、貧しい暮らしを送る。もちろんすべて演技だ。

家を売ったり、商売で儲けたりして手にしたカネは、別の脱北者家族や華僑に頼んで、中国の銀行から韓国に送金する。家財道具も、北朝鮮に残して行っても役人に取られるだけなので、少しずつ処分して換金した上で送金する。このようにして、脱北後の生活資金を蓄えておくのだ。

何の準備もなしに脱北して韓国に定住した人々が、貧困層に転落し苦しい生活を強いられている現実が、北朝鮮でもある程度知れ渡っている実態がうかがえる。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)穏城(オンソン)出身の脱北者、パクさんも、次のように語る。

「危険な時期に脱北して逮捕されれば、死んだほうがまだマシだと感じるほどつらい目に遭わされる。そうならないためにも、時間をかけてじっくり脱北を準備する。それもリスキーな単独での脱北ではなく、脱北後の生活を考えて、家族で脱北する。それが最近の傾向だ」

もっとも、すべての脱北者がこのように行動できるわけではない。経済事情が以前より改善したとは言え、食うや食わずの暮らしを強いられ、生きていくために脱北し、中国で人身売買などの被害に遭う人も依然、少なくないのだ。

(参考記事:「中国人の男は一列に並んだ私たちを選んだ」北朝鮮女性、人身売買被害の証言